さまざまな人と共有できる"雑談力"が大事 Rawpixel/PIXTA(ピクスタ)
東京都内に3つの分院を持ち、さまざまな依存症や高齢者、うつ病休職者、発達障害や高次脳機能障害などに対する医療を行う榎本クリニック。最大の特色は、入院せずに自宅から通い、日中をクリニックで過ごす「デイケア」にある。深間内文彦院長にインタビューを行なった。
「最近の精神疾患は、精神医学の教科書にある典型的な幻覚妄想を伴う統合失調症は、少なくとも私どものクリニックでは減ってきています」
「特に都会の場合は薬を飲みながら仕事もできていて、社会に適応できている人も増えています。さまざまな理由はありますが、病気への理解が進み、早期発見・早期治療が進んだことも大きな要因でしょう」
「眠れない、他人の視線が気になる、などで精神科を受診し、初期の統合失調症が明らかになるケースは増えている。大きな症状が出る前に治療できるようになったから。精神科クリニックの敷居が、昔に比べて低くなったのも一因ですね」
一方で、うつ病や躁うつ病(双極性障害)は増えているか、横ばいだという統計もあるとのこと。今後の精神科医療は、どのような病気が焦点になっているのだろうか。
「まずは高齢者の問題。日中の居場所がないため、夜に眠れず、家族が疲弊してしまうという悪循環があるので、榎本クリニックでは日中高齢者をお預かりして、家族の負担を減らしています」
そして、やはり依然として増え続けているのがうつ病だ。
「うつも症状レベルでは昔より軽くなりました。しかし、一方で慢性化して治りにくい人が増えています。脳の機能不全が原因で起こるうつは、『内因性うつ』と呼びます。最近増えているのはそれではなく、『社会文化的うつ』と言われるものです
「社会文化的うつとは、周囲の環境に流されやすかったり、パーソナリティーが未熟でなかなか周囲に溶け込めないといった背景があります。あまり抗うつ薬は効きませんが、認知行動療法や社会心理療法で効果の上がるケースが多くあります」
うつが増える要因として、現代の職場環境のストレスの多さや、長時間労働も挙げられる。監視社会や慢性的な人手不足も原因だろう。一方で、同じ仕事をしてもうつになる人とならない人がいるのは、どのような違いがあるのだろうか。
「誰でも早朝から終電間際まで働けば疲弊します。でも、同じストレスがかかっても、人それぞれ反応の仕方は違います。一般的に他人から"やらされてる"と感じることが強ければ、ストレスは何倍にも増えるでしょう。公務員や教職員など、比較的安定していると思われる職場にもうつが多いのはそのためかもしれません」
薬では変えられないコミュニケーション能力をいかに改善するか
うつになりやすい人には、どのような特徴があるのだろうか。
「いまの若い世代は子どものころから少子化です。同世代と深く交わった経験も乏しい。FacebookやLINEなど、顔の見えないコミュニケーションはできても、実際に人と向き合うと、どう話していいか分からないという人は増えています」
「また、IT業界はうつの多い職種です。対人恐怖的な人が多いのは、職場にでも上司や同僚に直接相談できず、社内SNSが主流という風土が影響しているのかもしれません。そういう社会的な『いろは』、認識のズレに集団精神療法などのプログラムを通じて気づいてもらうのも、当クリニックが目指しているところです」
「結局、精神科の薬は脳を眠らせたり、うつの症状改善はできたりしますが、コミュニケーション能力や生き方を変えてくれません」
池袋の榎本クリニック本院にある「うつ・リワークサポートセンター」では、パソコンを用いた復職トレーニングや、対人能力をアップするグループワーク、集団認知行動療法、ヨガや軽スポーツなどが行われている。
「行動変容がなければ、いくら職場を変えても同じ問題につきあたります。『うつリワーク』に通う人たちにも、生き方の工夫を身につけてもらいたい。自分の好きなことを仕事にするのは難しいことですが、たとえ嫌なことでもそこから逃げる、という短絡的な思考に陥らないトレーニングが大事なんです」
「そのためには、仕事上のコミュニケーション能力だけでなく、自らの経験をさまざまな人と共有できる"雑談力"が大事なのでは。幅広い視野や興味と関心を持つことで、精神的なゆとりも広がります」
リワークプログラムでは、なぜ休職に至ったのかを振り返り、自己分析することで自らの課題に気づくプロセスを大切にしている。企業内での外的要因は自分では変えようがないことが多い。しかし、内的要因は原因と対処方法を探ることができる。休養生活からスムーズに職場復帰するには、対人関係スキルの向上はとても大事なのだ。