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【連載第4回 死の真実が“生”を処方する 】

お腹の赤ちゃんを守る! 義務化されていなくても妊婦がシートベルトを着用すべき根拠とは?

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米国、オーストラリア、カナダでは、妊婦もシートベルトの着用が法律によって義務づけられている。 shutterstock.com 

 自動車を運転する人はもちろんのこと、助手席や後部座席に乗る人は、シートベルトを締めなければならない――。今やこれは常識であり、道路交通法にも規定されている。

 自動車の衝突事故が起きた時、運転手や助手席乗員は、体が前に投げ出されて、ハンドル、フロントガラス、ダッシュボードに体を打ちつける。これを予防するためにシートベルトを着用する必要がある。

 ただし妊婦の場合は、道路交通法で「妊娠中であることにより座席べルトを装着することが健康保持上適当でない者」はやむを得ない理由として装着義務が免除されている。だが、これは科学的に見て、非常におかしな話だ。お腹の中の大切な命を守るためにも、シートベルトの着用は必要である。その科学的な根拠や重要性を説明したい。

妊婦の3分の1しかシートベルトを着用していない

 現在、標準的になっている「3点式シートベルト」は、腰と上半身が固定されるタイプのものだ。1984年に米国で行われたある調査によると、この3点式シートベルトを着用することで、死亡率は45%も低減されたという。シートベルトはまさに「命のベルト」なのだ。また、同じく米国で行われた調査によると、妊婦の6~7%は妊娠中に何らかのケガ(外傷)を負い、その原因として最も多いのが交通事故だという。

 では実際、妊婦が自動車に乗る時、どのくらいの人がシートベルトを着用しているか? 1994年に栃木県で行われた調査などによると、なんと3分の1程度の人しかシートベルトを着用していなかった。これは、英国の74.6%、米国の83.8%と比べても極めて低い数値だ。その理由としては、ほとんどの人が「法的に着用義務がない」ことを挙げている。近年は以前に比べて多くの妊婦がシートベルトを着用するようになったが、まだ十分とはいえない。

 先述のように、道路交通法では、自動車前席乗員のシートベルト着用義務が規定されている。しかし、同法施行例第26条の3の2項に「負傷・疾病もしくは障害のため又は妊娠中であることにより座席ベルトを装着することが療養上又は健康保持上適当でない者......」との例外規定を設けて、妊婦に対して事実上シートベルトの着用を免除する規定を定めている。

 免除されてはいるが「妊婦はシ-トべルトをしなくてよい」ということではない。その根拠をご存じであろうか?

妊婦もシートベルトを着用すべき科学的根拠

 米国、オーストラリア、カナダでは、妊婦も一般の人と同様、シートベルトの着用が法律によって義務づけられている。米国の道路交通安全局や産婦人科医会は「お腹の赤ちゃんを守る最良の方法は、母親がシートベルトをすること」という認識である。

 ある報告によると、法律でシートベルトの着用義務がある28カ国を調べたところ、妊婦であるというだけで着用が免除されているのは、日本、スペイン、ギリシヤ、ポーランドなど10カ国。残念ながら、日本をはじめこれらの国の人々には、妊婦の体を守るためにシートベルトが重要であるということが、正しく認識されていない。「シートベルトを着用すると、お腹が圧迫される」「事故に遭った時、かえって危険である」という誤った知識が浸透しているのだ。

 私たち医師や科学者は、シートベルトが妊婦にとって重要な「命のベルト」であることを、科学的根拠に基づいて唱えている。米国のある報告では、正しくシートベルトを着用していれば、事故の際に子宮に加わる衝撃は3分の1から4分の1に低減されるという。また、事故の際にシートベルトを着用していなかった妊婦は、着用していた妊婦に比べて、胎児死亡率が4倍以上高くなり、未熟児の出生率も約2倍に上るという。

 さらにわれわれは、妊娠している女性と、妊娠していない女性が、どのような姿勢で自動車を運転するか、実際に調査した。すると、妊婦が運転席に座った時、胎児がいる腹部とハンドルとの水平距離は約14.5cmであり、妊娠していない一般の女性に比べて約10cmも近いことが分かった。すなわち、体が少し前方に押し出されただけで、腹部をハンドルに強打してしまうのだ。さらに、3点式シートベルトを着用していれば、事故の際に子宮にかかる圧力が有意に軽減されることも証明された。

 自動車内で胎児の安全を守るために必要なことは、妊婦が正しくシートベルトを着用することだ。妊婦のシートベルト着用率が低い背景には、正しい知識やシートベルトの安全性についての科学的根拠が情報として行きわたっていないことが考えられる。

 重要なことは、すべての妊婦に正しい情報を伝えることだ。多くの妊婦は、大事なお腹の赤ちゃんを守るためならと、きっとシートベルトを着用するはずだ。医療関係者だけではなく妊婦が身近にいる方には、シートベルト着用の重要性を啓蒙していただきたい。「妊婦のシートベルト着用を義務化する法律」が制定されるまで待っていては、胎児の安全は守れない。


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一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士過程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。
連載「死の真実が"生"を処方する」バックナンバー

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