『ぽっかり穴のあいた胸で考えた』(高橋フミコ/バジリコ出版)
著者の高橋フミコさんは1960年生まれ。乳がんが発症した当時は40歳で独身のパフォーマンス・アーティストとして活躍していました。医師からは、手術も不可能な末期の乳がんと診断。もし手術が可能なら、彼女は迷わず乳房切除手術を受けたはず。というのも、高橋さんは自分の女性としての身体に違和感を抱いていたから......。乳房切除手術に逡巡する患者さんは多いようですが、女性らしさの喪失を嘆く気持ちになれない患者もいることを知っておくべきでしょう。
『わたしが口紅をつけた理由』(ジェラリン・ルーカス/文園社)
ニューヨークでABCニュースのアシスタント・ストーリーエディターを務めるジェラリンさんは、医師の夫と結婚して2年目の27歳のある日、右の乳房にしこりを発見。最初に診察を受けた乳腺外科医は、乳がんと診断後、乳房温存手術とセカンド・オピニオン(別の医師の意見)をすすめます。ジェラリンさんは9人の医師の診断を仰ぎ、自分のがんの性質を医学文献のデータベースで調べ、切除手術を選択。抗がん剤による化学療法も不可欠と知ると、早めの閉経や卵子が抗がん剤の影響を受ける可能性があるため、手術前に産科医も訪ねます。切除手術を受け、化学療法による脱毛に耐え、最後に著者は、インプラント(人工乳腺)で膨らませた乳首のない右乳房に、翼の生えた赤いハートの刺青(タトゥー)を入れます。日本の乳がん患者にパワーを送るメッセージ性の強い闘病記です。
『がんからの出発』(ワット隆子/医学書院)
37歳で乳がんの手術を受けたワット隆子さんは、2008年に創立された患者団体「あけぼの会」の会長です。本書は「派手好きで、飽きっぽく、我が強い」と自己診断するワット隆子さんの乳がん「格闘記」。それは、自身の病に対する不安との格闘であり、患者会の会長としての格闘でもあります。日本の乳がん患者会運動の原点が、ここにある。また、ワット隆子さんの『私たちは闘う―--乳がん再発体験記』(あけぼの会)では、再発した患者さんと家族13人の手記、医師によるパネルディスカッションを掲載されている。がんとの闘いは再発してからが本番だ。
『たたかいはいのち果てる日まで』(向井承子/エンパワメント研究所)
乳がんは女性だけの病気ではありません。男性にも乳腺はあるので、きわめて稀ですが男性も乳がんを発症することがあります。本書は1981年に乳がんで亡くなった医師・中新井邦夫さんの生涯を追ったドキュメンタリーです。大阪大学医学部卒の泌尿器科医・中新井邦夫さんは、二分脊椎症の子どもたちの治療訓練に力を注いでいましたが、1979年晩秋に、自身の左胸の乳首あたりに、米粒大の小さなシコリを発見します。病名は乳がん。中新井さんは、がんの痛みに耐えながら、1980年に開設された東大阪市療育センターの初代所長としても全力を尽くします。闘病記の範疇からは少し外れますが、現在の医療を考える名著です。
星野史雄
星野史雄(ほしのふみお)
東京家政大学非常勤講師。1997年、妻が乳がんで亡くなったことをきっかけに闘病記を集め始め、翌年、闘病記専門古書店「パラメディカ」を開店。自信も2010年に直腸がんが見つかり、手術。大腸がんの闘病記を過去に100冊以上読んでいた知識が、自身の闘病にも役に立っている。共同編著に『がん闘病記読書案内』(三省堂)。自らの闘病体験を記した『闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと』(産経新聞出版)がある。
連載「心に響く闘病記ガイド」バックナンバー