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【連載第1回 「抗がん剤は効かない」をなぜ信じてしまうのか?】

「抗がん剤は効かない」を信じ、治療の可能性を失わないでほしい

「抗がん剤は効かない」はなぜ受け入れられたのか?

 元慶応大学の近藤誠先生の本がベストセラーとなり、彼が主張する「抗がん剤は効かない」「がんに放置療法を勧める」など、どうしてこんなに受け入れられたのでしょうか?がんになり、病院にかかると、たいていは、手術や抗がん剤など積極的治療が勧められます。手術や抗がん剤など、がんの積極的治療は、必ずしも楽な治療ではありません。誰もができればやりたくないことです。

 医師は、がん治療の苦痛と、がんを治すことのメリットを天秤にかけて、治療を勧めているのですが、患者さんにとっては、簡単に理解ができるものではありません。また、がんを治すと言っても、すべての患者さんを治すことができません。治すことはできず、延命にすぎないこともあります。それでいて、治療を受ける患者さんは、手術の合併症や抗がん剤の副作用に苦しむことにもなります。時に医師は、細かいところの話を抜きにして、「治療をしないと、余命は○カ月、治療をすれば、余命が○カ月になる」、などと、治療に従わせたいがために、患者さんを脅すように説明をすることもしたりします。

 そのようなつらいがん治療に対して、「抗がん剤は効かない」「手術も抗がん剤もせず、放置していてよいのですよ」と甘い言葉で、しかも、慶応大学の医師がお話してくださるということは、患者さんにとっては、救世主のように響くのではないでしょうか。彼はまた、著書の中で、医学論文の誤りを理路整然と解説します。医療界の闇の部分を暴いて、患者さんを無視した医師たちが自分たちの私利・私欲のために、手術や抗がん剤を無理に勧めていると言います。

実際の医学はそれほど断定的で明快なものではない

 近藤先生の主張は、断定的で明快にズバッと言ってくれますから、一般読者にはわかりやすいところがあるものと思います。しかし、実際の医学はそれほど明快なものではありません。実際には、抗がん剤が100%効果あるとも、抗がん剤の効果は0%であるとも言えません。「効果がある人は、20~40%くらいであり、ある一定の頻度で副作用もあります」といった具合で、わかりにくいのです。「じゃ、患者はどうしたらよいのか?」とお叱りを受けそうですが、これから、がん治療の誤解を解くべく、「がん治療の嘘と真実」について、できるだけわかりやすく解説をしていきたいと思います。
これだけは最初に言っておきたいのですが、
「治る可能性のあるがんをむやみに放置しないでほしい」のです。

 近藤先生に関わった患者さんを見ていると色々な患者さんが出てきます。40歳の女性に5ミリの乳がんが見つかり、彼を受診し、放置を決めたそうです。その後、彼女のがんは、骨や肝臓、肺に転移し、18年間がんと闘い続けた結果、最後には亡くなってしまいます(2013年10月17日 東京新聞)。 
  
 5ミリの乳がんであれば、小さな切開で、乳房を温存し、現在では日帰り手術も可能です。それで、90%以上が治ります。治ること、つまり、がんとそれ以上闘うことなく、普通の生活を送ることができ、寿命をまっとうすることが可能となるのです。これでも、がんの治療は無意味だと言えるのでしょうか?
 
 がんという病気は、甘く見ると大変なことになります。近藤先生の言う、がんもどきのように見えても、どんな早期がんであったとしても、このように進行がんとなり、牙をむくことがあるのです。我々がんの専門医は、がんという病気の怖さをいやというほど知っているからこそ、たとえつらい治療であったとしても、患者さんにお勧めしているのです。

がんと上手に付き合っていくことが治療を考える上で大事

 情報社会となった現代ですが、残念ながら、患者さんが得ることができるがんの情報には間違ったものが多い現状があります。それは、がんという病気がまだまだ治らない病気であると同時に、それを治すための治療法、少しでも良くする治療は、患者さんにとっては、つらいものであり、限界があるからです。かと言って、正しくない間違った情報に惑わされ、あるいは騙されて、逆につらい目に会ってほしくはないと思います。
 
 ちまたには、耳障りはよいのですが、がんの間違った情報があふれています。「がんは放置せよ」「抗がん剤は効かない」「がんを食事で治す」「体にやさしい免疫治療で治す」「がんを治す奇跡のサプリメント」などなどです。こうした治療は、耳にやさしく、最初はとっつきやすいのですが、がんが進行してきた場合、冷たく見放されることも多いのです。
 
 がんと正面から向き合っていくことは、大変なことと思います。時には逃げ出したくなるものです。がんは、まだまだ治らない病気ではありますが、うまく付き合っていく、共存ができる時代になってきています。がんと上手に付き合っていくことが、これからのがん治療を考える上で大事なことと思います。
 
この「がんと上手に付き合っていく方法」についても、これから解説していきたいと思います。がん患者さん、国民の皆さんにとっても、がんという病気から決して逃げることなく、がんと向き合い、上手に付き合っていく方策を見い出していってほしいと思います。

 

「抗がん剤は効かない」という言葉をすべて信じ、治療の可能性を失わないでほしいの画像2

勝俣 範之

勝俣範之(かつまたのりゆき)
日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科 教授
がん薬物療法専門医
1963年山梨県生まれ。1988年富山医科薬科大学医学部卒業
2011年10月より、20年間務めた国立がん研究センター中央病院を退職し、日本医科大学武蔵小杉病院で腫瘍内科を立ち上げた。日本でまだ少ないがん薬物療法専門医・腫瘍内科医の一人。がんサバイバー支援にも積極的に取り組んでいて、正しいがん情報の普及を目指して、ブログ、ツイッター、フェイスブックを通し、情報発信している。近著に『「抗がん剤は効かない」の罪』(毎日新聞社刊)がある。
連載「「抗がん剤は効かない」をなぜ信じてしまうのか?」バックナンバー

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