MENU

【検証 菅政権はなぜコロナに負けたのか➁】

国民の「反乱」に耳貸さなかった首相 五輪まっただ中の感染爆発

22233062_s0808.jpg

オリンピックですべてを水に流せるわけがない

 1月8日に首都圏に発せられた緊急事態宣言を皮切りに、大阪などの大都市圏は宣言とまん延防止措置による長期の行動制限が継続する異常事態に突入した。中でも東京都は何もなかったのは3月22日から4月11日までの21日間だけで、それ以外は宣言と防止措置の対象となった。大阪は4月下旬から5月にかけて起きた第4波で、医療崩壊を起こし、入院できずに自宅で亡くなる人が続出するなど大きな被害が出た。

五輪開催をG7で国際公約

この中で最大の焦点となったのは、東京五輪・パラリンピックの開催だ。菅首相は国会や記者会見などで「国民の命と健康を守り、安全安心の大会を実現する」と、内実の伴わない発言を何度も繰り返した。
 
一方、国民にはパンデミック下の五輪開催に疑問と不安が広がった。旅行や居酒屋に行くのはやめろと言われ、営業自粛を迫られた飲食店は倒産の危機にさらされ、立場の弱い労働者は簡単に解雇される状況に追い込まれた。世界200カ国以上の国・地域から数万単位の選手・関係者が訪れる最大のスポーツイベントがどうして許されるのか。
 
ところが、菅首相は6月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)で「安全安心の東京大会の開催に向けて万全の準備を進めていく」とし、「強力な選手団を派遣してほしい」と大見得を切った。
 
東京五輪の1年延期は安倍前首相が国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と直談判し、決めたことだ。派閥の後ろ盾もない菅首相にとって、安倍氏の責任が問われかねない「再延期」など言い出せる余地はなかった。いや、五輪を強行することでスポーツの感動を国民に与え、秋の衆院選で再選を果たし、安倍傀儡ではない本格政権を目指す。その勝負に向けて上げた狼煙がG7での国際公約化だったのではないか。

五輪前に緊急事態宣言の失態

 だが、7月23日から始まる五輪を目前に、菅首相は東京都に対し、同12日から8月22日までの期間を対象に、緊急事態宣言を発令した。つまり、五輪期間中どころか五輪の開催前でさえも感染拡大を抑えられなかったのだ。同13日付読売新聞によると、菅内閣の支持率は全国38%に対し東京は28%、不支持率も63%(全国53%)。東京五輪については中止50%(同41%)、無観客で行う28%(同40%)という衝撃的な数字が出た。
 
さらに、宣言後も感染者数は拡大の一途をたどった。開会式前日の22日、東京都の感染者数は2000人に迫り、翌週27日には2848人とそれまでの過去最高を更新、7月末には4000人台に乗せ、8月5日には5042人と5000人の大台を記録した。
 
もちろん、変異株であるデルタ株の猛威が五輪を直撃した形が、これほど急激に増加したのは、渋谷や新宿など東京の繁華街で人の流れがほとんど減らず、宣言の効果がみられなかったためだ。「安全安心」を内外に宣言していた菅首相にとって、五輪の最中に過去最悪の感染爆発が起きたのは、大失態以外の何ものでもなく、メンツ丸つぶれだ。

関連記事
アクセスランキング
専門家一覧
Doctors marche