5カ月に及ぶ非常事態
一方、この政策が停止された後はどうだろう。言うまでもなく、年明けの1月8日に緊急事態宣言が発令され、その後は宣言が、3月下旬から4月下旬までの約1カ月を除き、6月20日までの長期間、続く見通しである。東京では期限まで宣言が続くと4カ月強、4月9日からの「まん延防止等重点措置」の適用期間を含めると、ほぼ5カ月にわたり経済・社会活動を縛られていることになる。
つまり5カ月に及ぶ旅行奨励策の後に、5カ月に及ぶ行動制限・自粛政策が続いているのだ。これは単なる偶然ではなく、菅政権が実施した愚策GoToトラベルが生み出した必然の結果である。
「山高ければ谷深し」というが、コロナは「山高ければ谷も高し」だ。いったん感染症が広まり社会に浸透すると、感染はなかなか収まらない。全国の感染者数の推移をグラフで見ると、今年1月8日にピークとなった第3波は、10月下旬から2カ月以上にわたって続く長い上り坂と、英国の変異株の影響もあってか、最後の方の槍のように急峻に切り立つピークが特徴だ。第4波は英国株に続くインドの変異株も勢力を拡大し、第3波よりもピークこそ低いが、山全体の面積は大きくなるように見える。
長期の愚策が与えた社会への影響は根深く、その負のインパクは持続する。特に第3波と第4波の間の谷の高さは1000人規模で、第2波と第3波の間の谷のレベルの2倍程度になっており、変異株の力も加わって下げ止まっているのだ。菅首相はGoTo後の長期におよぶ緊急事態宣言を生み出した点も含めて、取り返しのつかない失策を犯したのだ。
立ちはだかる尾身会長
にもかかわらず、菅首相は「国民の命と健康を守り、安心安全の大会を実現する」としてあくまでも東京五輪・パラリンピックを強行する考えだ。そんな紋切り型のせりふを繰り返しながら、質問や疑問に答えず、強引に物事を押し進めようとしている。
これに対して、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は6月2日、国会で東京五輪について問われ、「今の状況でやるというのは普通はないわけですね。このパンデミックで。そういう状況でやるということであれば、開催の規模をできるだけ小さくして、管理の体制をできるだけ強化するというのは、オリンピックを主催する人の義務だ」と語った。
さらに「なぜ開催するのかが明確になって初めて市民はこの特別な状況を乗り越えよう、協力しよう、という気になる。関係者がしっかりしたビジョンと理由を述べることが極めて重要」と述べた。また、分科会としての見解を近くまとめ公表する考えを示した。
ここに来て東京五輪開催に疑問を示す尾身会長の姿勢は際立っている。思えば昨年11月から12月にかけて政府のGoTo政策に疑問を呈し、中止を求めたときと同じ状況なのだ。菅首相はあの時も専門家の意見をくみ取ろうとせず、破局に向って突っ込んでいった。専門家たちにとって悪夢の再来といえる場面なのではないか。