なぜペニシリンを食べる細菌が出現したのか?
世界初、奇跡の抗生物質「ペニシリン」の発見から90年。1928年に「20世紀最大の奇跡」が起きなければ、幾百万の人命が失われたに違いない。
しかし今、怖るべき細菌の脅威が人類に襲いかかっている――。
薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)を持つ耐性菌という強敵の挑戦だ。戦後、結核に有効な「ストレプトマイシン」や、多くの細菌に有効な「マクロライド系抗生物質」など多くの抗生物質が開発される。だが、1950年ごろに「サルファ剤」が効かない赤痢菌が現れ、1955年に「4種の抗生物質」が効かない四剤耐性赤痢菌が蔓延、夥しい死者が出る。その後も、「バンコマイシン」にも耐性菌が発生。抗生物質を大量に用いる病院内では、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌が院内感染を引き起こす。
すべての原因は、抗生物質の濫用であるのは明白だ。
ちなみに、抗生物質に耐性を持たせた病原菌を遺伝子操作によって作ることもできる時代。欧米諸国は「耐性菌テロ」への警戒を強めている。
このように振り返れば、「抗生物質の発明の歴史は耐性菌の薬剤耐性(AMR)との闘争史そのもの」と分かるだろう。
そして、ついに「ペニシリンを食べる細菌が出現!」というトピックが報道される。米ワシントン大学医学部のゴータム・ダンタス准教授(免疫学)の研究チームは、細菌を死滅させるペニシリンへの耐性を持ち、ペニシリンを餌として摂取する細菌に関する研究論文を英科学誌『Nature Chemical Biology』に発表した(2018年5月1日 AFPNEWS)。
発表によれば、ダンタス氏の研究チームは、この細菌が抗生物質の耐性だけでなく、抗生物質を餌にしている仕組みを調べるため、ペニシリンを食べて繁殖する4種の土壌菌を分析した。その結果、ペニシリンを摂取した細菌の体内で3組の遺伝子が活発化する事実が判明。この細菌は有毒分子を中和する能力がある事実も確認した。
論文の主執筆者でワシントン大学研究員のテレンス・クロフツ氏は、「産業廃棄物や畜産から排出され、河川、湖、土壌に流れ込んでいる大量の抗生物質を取り除くことができれば、遺伝子学的に細菌を改変できる可能性がある」と解説する。
またダンタス准教授は、「アメリカでは、抗生物質の80%が家畜などの動物に使用され、農畜産業がばらまく薬剤や、人のし尿から放出される抗生物質によって環境中に棲息する細菌は耐性を獲得している。細菌がペニシリンを食べるメカニズムが分かったことから、環境にとって有害な抗生物質を除去する手法の開発につながるだろう」と期待を込めている。
一方、世界保健機関(WHO)は、世界中で有効な抗生物質が払底しているため、各国政府や大手製薬会社に対し、非常に高い耐性を持つスーパー細菌に対抗できる薬剤の開発を進めるように勧告している。
フレミングは耐性菌の出現をすでに予感
このようなスーパー細菌のニュースを知ったなら、フレミングは驚くかもしれないが、「やはり来たか!」と困惑するかもしれない。なぜなら彼は、耐性菌の出現をすでに予感していたからだ。
生前にフレミングは、「私は、人体が自然に備えている抵抗力の大切なことを決して忘れない。偶然は、それを受け入れる準備のある精神を好んで手助けする。細菌は偶然を見逃すことは絶対にない」という発言をしている。
つい先ごろのこのニュースも脅威だ。毎日新聞は今年(2018年)5月2日付で「乳幼児服用注意を アレルギー発症率1.7倍 ウイルス風邪には不要 成育研」というニュースを報じている。人類は、抗生物質と薬剤耐性菌の脅威を克服できるだろうか?
(文=佐藤博)
*参考文献
●『奇跡の特効薬ペニシリン 誕生を生んだ史上最大のセレンディピティ』(佐藤健太郎/現代ビジネス)
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。