エイズを例にとって医療技術の有効性を検証する
どんな病気でも、「これひとつ」な対策方法はありません。特に決定的な対策法がないときはそうです。あれやこれや、いろいろな対策を試しに試して、決定的な方法が発見、発明されるまで医療関係者たちは頑張ります。
代表的な例に、エイズがあります。
エイズはHIVというウイルス感染による病気ですが、1981年に発見されました。発見当時は100%死に至る病と考えられ、実際多くの患者さんが命を落としてきました。
ほどなく、エイズは血液や性交渉が感染の原因と分かりました。私は医学生だった1992年からエイズと対峙し始めたのですが、当時は感染予防の啓発やコンドームの推奨などを行っていました。有効な治療法が存在しないので、予防を徹底する以外に手段がなかったのです。しかし、啓発にも関わらず、新しい患者は次々と発生し、そして亡くなっていきました。
エイズは免疫能力が弱くなる病気で、他の感染症やがんになって死んでしまいます。そうした日和見感染症と呼ばれる病気の予防薬を飲む方法ができてから、エイズの合併症はだんだん少なくなりました。それでも、予防薬だけでは患者さんが亡くなっていくのを食い止めるには不十分でした。
1995年に効果的なウイルスの薬を組み合わせて使う治療法が使われるようになり(ARTといいます)、エイズの予後は劇的に改善しました。患者さんは薬を飲みながら外来で治療を受けつづけます。ARTを続けていれば、HIV感染者はHIV感染のない人くらい長生きができると見積もられています。もはやエイズは「死に至る病」ではないのです。
さて、ここに米国CDCが作ったグラフがあります。米国におけるエイズ患者の年次推移です。
(https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6021a2.htm)
エイズが発見されたのは米国です。そしてこの病気に最も苦しんできた国でもあります。その米国で、ARTが使われるようになったのは前述の通り1995年。しかし、それより数年前からエイズの発症は減り始めていました。これは前述の「予防薬」などがある程度の効果を示してきたからです。
しかし、なんといってもパワフルだったのはARTです。1995年以降、エイズ患者の死亡は劇的に減ったのがグラフからもわかります。
私は1998年から2003年まで米国ニューヨーク市で研修医をしていました。98年にはまだ多くの病院で「エイズ病棟」があり、多くの患者さんがいろいろな合併症のために死んでいました。しかし、2003年にはそのような入院患者は激減し、エイズ病棟の多くは閉鎖され、ほとんどの患者さんは外来で通院する患者さんとなりました。
何が申し上げたいかというと、「それ以前にリスクが減少傾向だった」という根拠を使って、その後に開発された医療技術を全否定する根拠にはならない、ということです。