脳の発育不全、言語障害、運動失調などを伴う胎児性水俣病の悲惨と恐怖
国の公式認定から60年――。国や県による総合的・科学的な健康調査を求める世論は日々高まっているものの、水俣病の被害の全容は未だ見えない。
水俣病の原因物質はメチル水銀だ。だが、その特定は困難を極めた。1958年、熊本大学医学部研究班は、マンガン、セレン、タリウムを疑うが、翌1959年、排水口周辺の海底に堆積するヘドロや魚介類から検出した有機水銀が原因と発表。1968年、幾多の議論や論証の末、メチル水銀と断定された。
メチル水銀とは何か? どのようなメカニズムが健康被害を及ぼすのか? 火山噴火、石炭の燃焼、金の採掘などから産出される水銀は、水中や土壌中で微生物の働きなどによって化学変化し、メチル水銀になる。海水にも含まれるため、食物連鎖によって濃縮し、食物連鎖の上位にいるクロマグロなどの濃度を高める。
メチル水銀は、水銀触媒法によるアセトアルデヒドの製造工程でも、HgSO4(硫酸水銀)から産出される。メチル水銀が水域を汚染し、水域中で超希薄濃度に薄められ、水中に生息する生物間の食物連鎖を経由すると、魚介類の体内で再濃縮される。しかもメチル水銀は、生体に吸収されやすく、生体内で分解されにくいため、高度に濃縮・蓄積し、有毒化した魚介類を日常的に摂取して発症したのが水俣病だ。
先述のように、水俣病の主症状は、四肢末端を中心とする知覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、聴力障害、構音障害などの中枢神経系疾患だ。大量に摂取すれば、吐き気、嘔吐、激痛、下痢、手のふるえなどの徴候を示す。
だが、さらに恐ろしいのは、母親が妊娠中に摂取したメチル水銀が胎盤を経由して胎児に移行し、発症する「胎児性水俣病」だ。特にメチル水銀は、胎盤通過性が高く、血液脳関門を易々と通過するので、発達中の胎児の中枢神経がダメージを受けやすい。
胎児性水俣病は、脳の発育不全、言語障害、運動失調などの重篤な障害をもたらす。1955年以降に生まれた胎児性水俣病の認定患者は77人。このうち20人がすでに死亡。生存者も体調の悪化のため、療養施設やケアホームなどに入所している。
公式確認からすでに60年を迎えた水俣病.。被害の全容や病気の実態もまだまだ未解明な部分が多い。水俣病の患者・被害者でつくる25団体は12月、東京・永田町の参院議員会館で会見を開き、被害の全容解明に向けた健康調査などを求める署名が約12万6000人分に達したことを明らかにしている。
環境省との意見交換では、佐々木孝治特殊疾病対策室長が健康調査について「最新の医学的知見を取り入れた客観的な調査手法の開発を急いでいる」と述べたと報じられた。
先に紹介した東北大学の調査報告をどうとらえるか? あえて60年たったこの年に発表されたデータに特別な意図はないのか?基礎研究であるから、社会的な事案とは関係ないとはいえないはずだ。この国にとってメチル水銀の影響はきわめて重要な事案なのだ。
水俣病に冒された人たちが負った悲惨な苦渋、非業の死の教訓も鑑みながら、科学的な解明がさらに進むことを望みたい。
(文=編集部)