ネアンデルタール人だけが絶滅したのはなぜか?
エル・シドロン洞窟の悲劇が起きた4万3000年前、ネアンデルタール人は、寒冷化によってイベリア半島、中央ヨーロッパ、地中海沿岸などの地域に追い込まれる。アフリカから中東へと向かった現人類の進出も脅威になったかもしれない。およそ3万年前、ネアンデルタール人は絶滅した。
ネアンデルタール人と現人類の生活圏が重なっていたおよそ10万(4万5000)~3万年前に何が起きたのか? 現人類だけが生き残ったのはなぜか?
現人類のほうが賢く、高度な技術をもっていたという仮説がある。言語能力の発達など、脳の遺伝子に起きた劇的な変化が現人類の勢力圏を広げ、ネアンデルタール人を衰退させたという論説も多い。集団の社会構造や生存力の差が明暗を分けたという学説も少なくない。
たとえば、現人類は、男が大型の獲物を追って狩をし、女や子どもが小動物を捕獲して木の実や植物を採集する分業体制や役割分担が成り立っていた。生存リスクが分散できたため、妊婦や子どもが守られ、効率的な狩猟採集システムによって食生活が多様化したことから、生存率が高まった。
一方、ネアンデルタール人は、がっしりした体を維持するために高カロリー食が必要だったので、ウマ、シカ、野牛など大型の哺乳類を捕獲する狩猟生活に依存せざるを得なかった。とくに寒冷期は、性別を問わず危険な狩猟に駆り出され、男は狩、女は育児という分業体制や役割分担が明確でなかったことから、生存するリスクが高まった。
さらに、現人類は人口が多く、大規模な集団と大家族で生活圏を形成していたが、ネアンデルタール人は人口が少なく、3世代が集まる家族単位の小集団生活を営んでいた可能性が高い。つまり、集団が大きければ、人と人との交流や刺激が強まるため、大脳の機能が高まり、知能や言語の発達が促される。さらに食生活の多様化が平均寿命の伸びを加速させ、世代間で知識や経験が伝承される機会も広がる。親密なコミュ二ティの形成や生活スタイルの多様化が好循環や相乗効果を生み、その結果、現人類が生き延びる確率を高めたと考えられる。
このような諸説の立場に立てば、ネアンデルタール人が絶滅したおよそ3万年前は、ヨーロッパ大陸の気候変動が激しかったものの、現人類は社会集団の規模が大きく、集団社会の結束力やサバイバル能力が秀でていた。それが、二つの人類の命運を分けたのかもしれない。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。