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【連載「死の真実が“生”を処方する」第23回】

バス事故から考える職業ドライバーの健康〜タクシーでは約3割が体調不良でも乗務

タクシー運転手の28.5%が体調が悪くても乗務している

 私は輸送業界での実態を調べるために、事業用自動車の中でも平均年齢が高く、また、労働時問が長く、賃金が低いという厳しい環境にある、タクシー業界に注目しました。タクシー協会や国土交通省の協力を得て、栃木県内の全タクシー運転者に対して、健康と運転に関する実態調査を行いました。

 その結果、全体の28.5%の人が、乗務前に体調が悪くても運転をしたことがあり、半数以上が、収入面を理由に挙げていました。中には、運転中の体調不良を理由に運転を中止したいと言い出しても、会社に許可されなかったという人が複数いました。

 さらに、「体調が悪い時には運転を控える」という当然の指導を受けていたのは全体の76%であり、すべての会社で十分な指導が行われていない現状が分かりました。そして、体調が悪い時に気軽に言い出せる職場環境であるかを尋ねたところ、16%の人が言い出しにくい環境であると答えました。

 知識の啓発を中心とした教育だけでなく、職場環境も重要な因子であることが、ご理解いただけるでしょう。

 健康起因事故は、単純な不注意による事故とは異なり、緊急時の適切な対処で予防することができます。すなわち、前述のように、体調不良を自覚した段階での運転中止が最も大事なのです。

職業ドライバーの健康対策は?

 このような点を踏まえて、国もさまざまな対策を行ってきました。平成26年5月から、旅客自動車運送事業に対する運行管理制度が強化されました。すなわち、トラブル発生時に適切な措置をとることができるように、車両運行中、電話などを用いて、運転者に必要な指示を行える連絡体制を構築しなければならないことが、法令上明文化されました。

 また、運転を長時間継続すると、精神的・身体的緊張及び疲労が蓄積し、注意力が散漫になることや眠気が惹起されることが分かっています。したがって、運転時間についても、「トラック運転者の労働基準等の改善のポイント」の中で、連続運転時問は4時間が限度と規定されています。

 すなわち、運転開始後4時間以内または4時間経過直後に運転を中断して、30分以上の休憩などを確保することとなっています。

職場環境改善を含めた啓発を

 国土交通省は、平成26年度の事故防止対策推進事業として、次の支援を実施しました。

●デジタル式運行記録計及び映像記録型ドライブレコーダーの導入支援
●過労運転防止に資する機器導入のための支援
●社内安全教育のための外部専門家によるコンサルティングを利用した場合の支援

 運転者、運行管理者、事業者が、事故防止にかかる情報を共有するために、コンサルティングを実施するのは効果的でしょう。

 しかし、この事業では、補助対象となるコンサルティングメニュー及び実施者は、国土交通大臣が認定した11社22メニューに限定されています。メニューは事故防止プラン一般に関するものが大半を占め、健康管理に焦点を当てたものは1つのみでした。

 事故予防を考えるには、実態に即した対応でなければなりません。少なくとも、輸送業においては、さまざまな法令を遵守することはもちろんのこと、冒頭のトラック運転手の方のような職場環境を改善することが必要です。そのために、事業所を挙げて取り組めるような支援が必要ではないでしょうか。

 輸送業界では、規制緩和以降、需要に対して事業者が増加したこと、燃料価格が高騰したことなどから、賃金の低下につながっています。輸送業における労働者の実態に即した職場環境の改善は、交通社会の安全にかかわる重要な問題です。省庁からの通達や注意喚起で終えることなく、細部にわたる行政のサポートが必要ではないでしょうか。


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一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。

連載「死の真実が"生"を処方する」バックナンバー

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