状況はさらに変転する。2015年2月19日、タイの暫定議会は、外国人カップルによる代理出産を禁止する「生殖補助医療によって出生した子どもを保護する法律」を賛成多数で初めて可決した。原則として、代理出産をタイ国籍の法的婚姻関係にある夫婦と、その親族の代理母だけに認め、タイ人でない外国籍の夫婦は、代理出産はできないと定めた。
代理出産は、政府の免許を受けた医療機関にだけ認められ、違反すれば6カ月以下の禁錮刑。商業目的の代理出産も禁じられ、違反すれば10年以下の禁錮刑。仲介行為も全面的に禁止された。
代理出産の規制は、タイ国内の政情不安や政権対立などで、法制化への道のりは遠かった。ところが、昨年5月の軍事クーデターを契機に、軍が主導する暫定議会が立法作業を推し進め、ようやく立法化に漕ぎ着けた。
かたや日本の現状はどうか?
2003年、厚労省は「代理懐胎は全面禁止する」と発表。2008年、日本学術会議は「妊娠・出産という身体的・精神的負担やリスクを代理懐胎者に負わせるため、代理懐胎を法律によって原則禁止するのが望ましい」と提言。日本産科婦人科学会は、ガイドラインによる自主規制を定めた。だが、代理出産を禁止する法律はない。一部の産婦人科医が携わったり、アメリカや東南アジアなどで代理出産を行うケースがほとんどだ。
代理出産への批判や反論の数々
だが、代理出産への批判や反論は、枚挙にいとまがない。
代理母に懐胎・分娩によるリスクを負わせるので、人道的・倫理的に許されない。生殖医療で全てを解決するという科学万能主義は認められない。代理母の先天的な遺伝子異常が子どもに伝わるリスクがある。金銭の授受を伴う代理出産契約は、公序良俗に反するために無効。代理母が子どもの引き渡しを拒否するトラブルがある。障害を持って産まれた子どもを依頼元の父母が引き取りを拒否する場合がある。法的な親子関係や親権が確定しないケースがある。人種差別の温床にもなる。複雑な家族関係のしがらみは、子どもに精神的負担を与える。子どもが自分の出自を知る権利が保証されていない。正しい情報が少なく悪徳仲介業者による事件が絶えない。費用やリスクが高い……。挙げればキリがない。
もともと代理出産は、子どもを授かれない夫婦が子どもを授かるための生殖補助医療だ。今回の事件のように、守られるべき権利と果たすべき責任をすり替えるような事態は、本末転倒ではないのか?
乳幼児16人の未来をどのように保護するのか? 代理母たちの権利やリスクは守られるのか? 生命倫理は克服できるのか? 重田氏は社会的・倫理的な責任を果たせるのか?
DNAによる親子鑑定の貢献度は確かに高い。だが、生殖補助医療が問いかける問題は山積し、錯綜している。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。