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【DNA鑑定秘話 第10回】

DNA鑑定秘話〜アメリカ炭疽菌テロ事件の犯人は、DNA異常の「消印」をたどっていれば逮捕できた!?

 2008年8月6日、FBIはイビンズの単独犯行と発表。2010年2月19日、米司法省もイビンズの単独犯行と結論し、調査終了を宣言した。米司法省は分析の結果を公表している――。

 イビンズが培養していた炭疽菌の胞子に、遺伝子的な類似点がある。事件直前、研究室に長時間滞在していた。深夜や週末に不自然な勤務の形跡がある。犯行に使われた封筒は自宅周辺の郵便局で売られていた。送付した封筒に付着した指紋のDNAと、研究室のフラスコに付着した指紋のDNAが一致した。送付された3通の封筒のうちの1通はイビンスが偽名で借りていた私書箱から送られた......。

 これら数々の状況証拠から、イビンズが真犯人と断定されたのだ。

 犯行の動機は何か? イビンスは抑うつ状態だった。FBIの事情聴取を受けたイビンスの兄弟は、「自分を全能だと思っていた。政府の圧力に苦しみ、自殺しても不思議ではない」と話す。マスコミは犯行の動機を、炭疽菌ワクチンの効果を試すためだと報道。司法省は、炭疽菌ワクチンの開発が滞り、開発の打ち切りを恐れ、テロによってワクチンの必要性を国民に気づかせようと図ったと説明した。9.11テロの恐怖が生々しい時期に凶行すれば、アルカーイダの犯行を臭わせることができると考えたのだろうか?

 しかし、インターネット上では市民から数々の疑問が投げかけられ、FBIや米軍の陰謀説も流れる。

 イビンスが使用していたフラスコに、他の研究者が近づくことは可能だった。バイオテロの専門家は、犯行に使われた炭疽菌は、感染性を高めた兵器級の特殊な炭疽菌で、イビンスが単独で作れるのかは疑問と指摘。さらに、プリンストンのポストから発見された毛髪とイビンスの毛髪は不一致だった。筆跡鑑定も不明――。すべて状況証拠で、決定的な物的証拠がなかった。

郵便配達職員のDNAに刻まれた「消印」をたどると......

 2001年、ハーバード大学医学部の研究者たちが興味深い研究を発表している。

 炭疽菌のような強い毒性をもつ物質に接触した人のDNAの一部に、何らかの刺激を受けたという記録が残る。例えば、麻薬やマリファナを吸うと、DNAの塩基配列の一部分に作動していない塩基が見つかる。つまり、強い毒性の刺激を受けると、DNA一部が一時的に機能を停止するのだ。

 だが、このDNAの特性は、炭疽菌テロ事件の捜査では活用されなかった。活用されていれば、被害の拡散を抑えられたかもしれない。

 例えば、まず郵便局内の仕分け職員のDNAを解析する。その職員のDNAに炭疽菌の異常が見つかれば、どこから集荷された郵便物かを調べる。次に、その郵便物を集荷した配達職員のDNAを解析し、集荷したポストを特定する。そのポストのある地域を張り込んで、容疑者を絞り込む。

 このように、郵便配達職員のDNAに刻まれた「消印」をたどって行けば、容疑者を囲い込めたかもしれないのだが......。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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