遺伝カウンセリングも充実
2013年、ハリウッドスターで国連の親善大使も務めるアンジェリーナ=ジョリーが、乳がんの遺伝子検査でリスクが高かったので、予防のため、乳腺の除去と乳房再建の手術を受けたというニュースが多いに話題になった。母親が乳がんのため50歳代で亡くなったため検査を受けたというが、同じような結果が出ても全ての女性が彼女のように除去に踏み切るとは限らないし、除去しなければならないものでもない。検査の結果を判断し決断するのはあくまで個々人にゆだねられている。前もって胎児の可能性を調べる「胎児診断」でも同様だ。そのため、事前に、「何がわかるのか?」という検査の正しい知識と、「可能性がわかったときにどうするのか?」という心構えを持って臨むことが大切となる。
ほとんどの妊婦さんが、正しい知識を持っていない
「学ぶ機会がないので当然のことですが、来院される妊婦さんは『出生前診断・胎児診断』についてほとんど知識がないといってよいでしょう。もちろん熱心な方は、インターネットなどで調べていますが、情報そのものが玉石混淆で、正しいものばかりではないからです」(中村院長。以下同)
中村院長は、順天堂大学医学部附属練馬病院の産科・婦人科科長、同大学先任准教授を経て、米国の小児病院に留学し、ベルギー・ルーベンカトリック大学産婦人科で胎児治療の臨床・研究に携わった。そして帰国後、茅ヶ崎徳洲会総合病院(現・湘南藤沢徳洲会病院)に、出生前から生後まで切れ目のない医療を提供する「胎児科」を新設した。胎児のうちから病気などがわかっていれば、誕生後すみやかに治療ができる「早くわかれば、早く治せる」を実践してきた胎児のエキスパートだ。
その中村院長が、「胎児診断」を専門とする胎児クリニック東京を開院するにあたって心を砕いたのは、遺伝カウンセリングの充実である。
高度な遺伝の知識を持ったカウンセラーが応対
「日本ではこれまで臨床遺伝専門医がカウンセリングも行うことが中心でしたが、限界もありました。遺伝とカウンセリング両方の専門知識を持つ人材は、それほど多くありませんが、当院には、世界で唯一日米2カ国の認定資格を持つ人、医学的知識が高く勉強熱心な人など、質の高い遺伝カウンセラーが揃っています」
遺伝カウンセリングは「胎児診断」検査を受ける前に行われ、個人面談(妊娠中、あるいは妊娠を考えている女性、そしてその家族)とグループカウンセリングがある。血縁者に遺伝性疾患の者がいるなど具体的に心配ごとがある場合は個人面談を選ぶことが多いが、一般的な知識を得たい場合はグループカウンセリングも役立つ。たとえば、「出生前診断」で仮に障害の可能性が判明した場合どうするか? といった難しい問題について、他の人の意見も参考にできるからだ。
カウンセリングでは、「出生前診断」の諸検査について、長所、短所。わかること、わからないこと。赤ちゃんに見られることが多い疾患や頻度、そしてもし疾患を持って生まれてきた場合、将来についての客観的な情報。などが伝えられる。考えるヒントももらえる。
現在日本のあちこちで、少なくない妊婦さんが、ほとんど予備知識もなく超音波検査の画像を見せられ、「首の後ろにむくみがあるからダウン症候群の可能性もある」と告げられて動揺するということが起きている。しかし、実際には"むくみ"と指摘された部分について正しい計測がなされていないことが多く、またこの所見はダウン症候群に特有のものでもないし、この所見だけでダウン症候群の診断に限りなく近づいたわけでもない。このように冷静になって判断するための知識は、妊婦さんは、なかなか入手できないのが実情だ。
しかし、前もって首の後ろの厚みも染色体異常の可能性を考える幾つかの要素のうちの一つに過ぎないことを知っていれば、落ち着いて受け止めることもできる。
知らないことは怖い。情報の少なさが恐怖を生む
「当院では、検査の前に、60分から90分の遺伝カウンセリングを受けていただきますが、『知識の整理ができました』と、妊婦さんや、ご家族に好評です。それにしても、もう少し遺伝や障害についての正しい情報が、妊婦さんに限らず広く社会に開示されていてもいいのではないかと思います。」
と中村院長は、障害や病気についての情報が少ないことが、不必要に恐れを生んでいると指摘する。
「たとえば英国では、学校で自然に障害者を受け入れています。ひとつの個性として社会に受け入れられています。しかし、日本では一般の人が、病気や障害を持っている人と接する機会が少なく、彼らがどう生活しているのか知りません。知らないものは怖い。だから病気や障害について話すとき、怖いという感情が先に立って冷静に話せないということがあります」
それは、「胎児診断」で、病気や障害の可能性が見えたときにもあてはまる。
次回は、続けて「胎児診断」の内容を紹介しながら、冷静に考えるヒントを探っていきたい。
インタビュー第1回「出生前診断」は怖くない~妊婦さんとその家族のために正しい知識を~
インタビュー第2回ほとんどの妊婦さんが、出生前診断の正しい知識を持っていない
インタビュー第3回妊娠の継続か否かの決断は、ひとりひとりの妊婦さんで異なる
インタビュー第4回正しい知識を広め、希望者は誰でも「胎児診断」が受けられる社会を
中村靖(なかむらやすし)
順天堂大学医学部卒業後、同大学医学部附属順天堂医院で、超音波診断、合併症妊娠の管理を中心とした診療・研究に従事。3科(産婦人科・小児科・小児外科)合同の「周産期カンファレンス」において、草創期の中心メンバー。
2005年には順天堂大学医学部附属練馬病院の産科婦人科科長に就任、その後順天堂大学助教授(先任准教授)。2009年、米国留学(ボストン小児病院、シンシナティ小児病院、フィラデルフィア小児病院)。10年からは、ベルギー・ルーベンカトリック大学産婦人科で胎児治療の臨床・研究に携わる。同年、帰国後、茅ヶ崎徳洲会総合病院(現・湘南藤沢徳洲会病院)に、「胎児科」を新設。13年9月、よりきめ細かな胎児診療をアクセスしやすい都心で提供するため、胎児クリニック東京を開院。
一方、勤務医時代からタバコ対策・禁煙指導にも積極的に関わり、順天堂大学および附属病院の禁煙化に尽力。産婦人科分野の禁煙指導の中心者として、禁煙ガイドラインの作成にも参加。現在もNPO法人禁煙ネット http://www.horae.dti.ne.jp/~kinennet/ で活動している。
臨床遺伝専門医、超音波専門医・指導医、産婦人科専門医、禁煙専門医、FMF(Fetal Medicine Foundation)認定妊娠初期超音波検査者。