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【シリーズ「あの人はなぜ死に急いだのか?スターたちの死の真相!」第7回】

石原裕次郎の死因とは?大ケガ、大事故、大手術が続いた「嵐を呼ぶ男」の生涯

死後30年・石原裕次郎、病魔に息つく間もなく苛まれ最期は肝細胞がん(肝がん)で52歳の壮絶死!の画像1

画像はCD『石原裕次郎 ムード歌謡 を唄う』より

 無軌道・刹那的・退廃的な不良少年がスクリーンから暴れ出る! あの鮮烈の衝撃デビューから半世紀。エンディング・テーマが物憂げ流れ、エンドロールが重々しげに降りる。誰も予期しない、昭和最後のアウトロー・スターのあっけない幕切れ……。1987(昭和62)年7月17日午後4時26分、石原裕次郎は、肝細胞がん(肝がん)のため急死。享年52。

死後30年・石原裕次郎、病魔に息つく間もなく苛まれ苦闘し続けた満身創痍の壮絶死

 悔やまない。振り返らない。頼らない。昭和の風来坊ヒーローらしさが横溢した52年、1万9000日。どの切り口で切っても、鮮血と絶叫と渇愛がほとばしい出る生身の男の一生。孤高を求め、暴走の限りをし尽くしたアウトローの轍を逆走してみる。

 18歳、バスケットボール最中に左足膝に大ケガ。黄疸を発症。22歳、酒、たばこ、女に溺れる放蕩の日々。23歳、無免許運転で右足打撲。27歳、志賀高原スキー場でスキーヤーと衝突、右足首粉砕複雑骨折、右太股腫性膿瘍の手術入院。

 30歳、ハワイでヨット乗船中に右まぶたを11針縫う裂傷。31歳、ヨット乗船中に腹痛のため大会を途中断念。33歳、右手親指骨折、左足打撲の入院。34歳、右足打撲で全治1か月入院。37歳、心労と急性肺炎、肺結核のため緊急入院。

 40歳、階段で転倒、左鎖骨を複雑骨折。44歳、舌下潰瘍のため入院・手術。舌がんの診断。45歳、舌下白板症の手術。46歳、テレビドラマ 『西部警察』のロケ撮影中、背中と胸に激痛、慶應義塾大学病院に緊急入院。解離性大動脈瘤で昏倒、右耳が難聴に。生還率3%の大手術を決行。奇跡的に回復、無事退院。見舞い客1万2000人、手紙5000通、花束2000束、千羽鶴1000束が届く。

 退院後も首、腰の疼痛、高熱。49歳、舌がんを再発、緊急大手術。50歳、肝臓がんが発覚。原因不明の倦怠感、腰痛、高熱。肝細胞がん(肝がん)の診断、がん告知せず。51歳、高熱が収まらず緊急入院。血圧降下剤の副作用による肝内胆管炎を併発。退院後、ハワイで静養。

 52歳、4月、ハワイから帰国直後に慶應義塾大学病院へ検査入院。5月、一旦退院後、再入院。激しい高熱のため、容体急変。肝性脳症の幻覚症状に苦悶しつつ、肝細胞がん(肝がん)による多臓器不全に陥り、無念の他界。

 大ケガ、大事故、大手術。急病につぐ難病。病魔に息つく間もなく苛まれ、苦闘し続けた満身創痍の30余年。まさしく「嵐を呼ぶ男」。病膏肓(やまいこうもう)に入る怒涛波涛の生涯だった。

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