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【シリーズ「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」第18回】

母から子へ遺伝する難病「リー症候群=ミトコンドリア病」とは? ミトコンドリア研究で10名以上がノーベル賞に

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リー症候群は「ミトコンドリア病」とも総称される(shutterstock.com)

 なぜ人間は、運動したり、思考したり、創造したり、恋愛したりできるのだろう? そのエネルギーを作っている源が「ミトコンドリア」。ギリシャ語の「糸(ミト)」と「粒(コンドリア)」の合成語だ。

 ミトコンドリアの異常であるリー症候群は、どのような疾患だろう?

 リー症候群は、ミトコンドリアの変異によって好気的エネルギーの産生が阻害されるため、主として乳幼児が侵される「亜急性進行性脳疾患」だ。脳幹・大脳基底核に左右対称性の壊死性病巣、大脳・小脳・脊髄に壊死病巣が現われる。

エネルギーを全身に供給しているのはミトコンドリアが作るATP

 ミトコンドリアの主な働きは「ATP(アデノシン三リン酸)」の産出だ。ATPは、生体内に広く分布し、リン酸分子が離れたり結合したりして、エネルギーの放出・貯蔵、物質の代謝・合成の役割を果たすため、生体のエネルギー通貨と呼ばれる。つまり、さまざまな活動に必要なエネルギーのほとんどは、ミトコンドリアが作るATPが供給している。

 また、ミトコンドリアは、酸素呼吸(好気呼吸)、カルシウムや鉄の細胞内濃度の調節のほか、細胞周期やアポトーシス(細胞死)の調節、ステロイドやヘムの合成にも深く関わっている。

 1個の細胞中におよそ300〜400個のミトコンドリアがあり、特に、肝臓、腎臓、脳、筋肉などの代謝が活発な体細胞の細胞質の約40%を占める。『ミトコンドリアが進化を決めた』(ニック・レーン/みすず書房)によると、実に体重のおよそ10%(約1京個=1兆の1万倍)がミトコンドリアと推定される。ミトコンドリアがなければ、ヒトは片時も生存できない。

ミトコンドリアとmtDNAのあくなき探求が「リー症候群」の発見を呼び込んだ

 1897(明治30)年、ドイツの医師カール・ベンダはある日、顕微鏡を最大倍率に上げて患者の細胞を覗いていたベンダは、核を持たない糸状や粒状の細胞を見てどんなに驚いただろう。

 その18年後、ドイツの気象学者アルフレート・ウエゲナーが大陸移動説を発表した1915年、リー症候群を発見したイギリスの神経病理学者アーチボルド・デニス・リーが生まれる。だが、その当時は、ミトコンドリアの制御機構や生理的な仕組みはほとんど知られていなかった。

 半世紀後、その神秘の扉がゆっくりと開かれる。1963年、スウェーデンのストックホルム大学の生物学者マーギット・ナスは、ミトコンドリアがDNAを持つ事実を発見、世界を唖然とさせる。ミトコンドリアの中に数千ものmtDNAが存在することが初めて確かめられたからだ。

 ミトコンドリアやmtDNAの発見がなければ、「ミトコンドリア病」と総称されるリー症候群も、陽の目を見ることはなかったに違いない。

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