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【シリーズ「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」第11回】

免疫反応で自分の体細胞を破壊する「橋本病」とは? その症状・原因は?

免疫反応で自分の体細胞を破壊する「橋本病」とは? その症状・原因は?の画像1

橋本病は免疫反応で自分の体細胞を破壊(shutterstock.com)

 人名のついた病名は約200疾患もあるが、日本人の名を冠したものは4つしかない。橋本病、川崎病、高安病、菊池病だ。今回、解説する「橋本病」を初耳の人もいるだろう。これは「慢性甲状腺炎」のことで、世界に先駆けて発表した外科医師・橋本策(はかる)にちなむ。

 1881(明治14)年5月5日、橋本は三重県阿拝郡西柘植村(現伊賀市)の開業医の家系に生まれる。幼少から利発だった橋本は、京都の旧制第三高等学校(三高)を経て、1907年、京都帝国大学福岡医科大学(現九州大学医学部)を卒業。第一外科に入局した。

 1911年、弱冠29歳で福岡医科大学第17回集談会の演台に立ち、世界初の慢性甲状腺炎に関する論文『甲状腺ノリンパ腫様変化ニ関スル組織的並ビニ臨床的知見ニ就キテ』を発表。翌1912年、この論文がドイツの医学雑誌『Archiv für klinische Chirurgie』に掲載されたため、ドイツ外科学会の注目を受ける。

 だが、当時の医学は欧米が主流のため、橋本病(慢性甲状腺炎)が独立疾患として欧米で公認されたのは、1930年代以降になる。

 論文の発表後、橋本はドイツのゲッティンゲン大学へ留学、尿路結核症の研究に没頭するが、第1次大戦が勃発したためやむなく帰国。1916年、35歳の時に父親を継いで開業医になり、かいがいしく立ち働いた。

免疫反応が自分の体細胞を破壊する

 橋本病は、どのような疾患なのか?

 外部から入り込んだ病原菌に対して起きる生体反応を免疫反応と呼ぶ。橋本病は、免疫反応が自分の体細胞を破壊することによって起きる。甲状腺の細胞が破壊されると、細胞と細胞の間に線維化が生じる。これが橋本病を臓器特異的自己免疫疾患とする唯一の根拠だ。橋本病は20歳代後半から30〜40歳代の女性が多い。男性のおよそ20~30倍も高い発症率だ。

 原因は何か? どのような症状が見られるのか?

 橋本病は自己免疫疾患なので、ある種のリンパ球が甲状腺組織を攻撃して起きると考えられている。だが、甲状腺は予備能力が大きいため、少々破壊されても甲状腺ホルモンを作る能力は衰えない。また、橋本病は何年もかけて、ゆっくりと進行することから、激しい痛みや発熱は起きにくい。しかも、甲状腺腫がよほど大きくならないかぎり、物が飲み込みにくくなったり、呼吸困難になったりしないのが特徴だ。

 ところが、加齢とともに 破壊が甲状腺全体に広がれば、およそ20~30%の患者は、血液中の甲状腺ホルモンが不足する甲状腺機能低下症になるので、恐ろしい。

 甲状腺機能低下症になると、心臓や腎臓などの内臓機能の不調、新陳代謝の低下、悪寒、皮膚の乾燥、声のしわがれ、食欲不振や体重増加、便秘、月経の異常、記憶力・計算力の低下、無気力感などが現れる。とりわけ妊婦は流産のリスクも生じるので、決して侮れない。さらに進行すれば、顔面の腫れ(甲状腺腫)やむくみ(粘液水腫)を生じる恐れもある。
 
 また、一時的に甲状腺ホルモンが増える無痛性甲状腺炎を発症するリスクもある。無痛性甲状腺炎は、バセドウ病と誤診断される場合があるが、バセドウ病患者の血液中にみられる甲状腺の刺激物質(TSHレセプター抗体)の有無を調べ、放射性ヨウ素による検査で判別できる。無痛性甲状腺炎は、長くても数か月以内に自然に治癒し、甲状腺の機能が回復するケースも少なくない。

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