冬こそ有酸素運動で脳を活性化!(shutterstock.com)
年末の重い寒空を見上げると、ちょっとランニングでも……。そんな気分になりにくい。だが、少しの時間があればジョギングしてみよう。LSD(ロング・スロー・ディスタンス)がいい。
可能な限り、ちょっと長めの距離を、ゆっくりのマイペースで走ってみよう。ジョッギング中も後も体が爽快になるだろう。
作家の村上春樹氏は「無になるために走る」という。作家のジョイス・キャロル・オーツ氏は「走っていると、両足の動きや左右の手を振るリズムの効果で心が体から分離する」と話す。
YouTuberのケイシー・ネイスタット氏は「過去8年に下した重大な決断の多くは、ジョギングがきっかけになった。走りながら落ち込んだ気持ちになるのは難しい」と語る。
このようなランニングハイを多くのランナーたちが実感している。
私事だが、筆者も30歳の頃にジョギングを始めてランニングハイを知った。ランニングするとサッと気が晴れる。まるで生まれ変わったような快感に浸れる。なぜだろう? その仕組みを解明してみよう。
有酸素運動が脳の神経細胞を活性化させ「ランニングハイ」が起きる
過去30年に及ぶ最新の脳科学研究の成果を踏まえながら、アメリカ臨床神経心理学アカデミー代表のカレン・ポスタル氏が強調するのは、有酸素運動が脳の神経細胞を活性化するという点だ。
脳の神経細胞は、記憶や学習を司る海馬から生まれる。つまり、有酸素運動を続ければ続けるほど記憶力が向上するのだ。ポスタル代表は、脳の神経細胞は高齢者でも増えるので、30分から40分間、ひと汗かく程度の有酸素運動をすると、新しい神経細胞が海馬に生まれるとしている。
有酸素運動のメリットはまだある。有酸素運動を続ければ、額のすぐ下にあり、 認知力や理性力に関わる前頭葉の血流が促され、活動がますます活発化するため、高度な判断力が増強される。
また、前頭葉が感情の抑制にも重要な役割を果すことを裏づける実証実験がある。ハーバード大学のエミリー・E.・バーンステイン博士は、まず80人の参加者のうち、40人に30分間のジョギングを、40人に30分間のストレッチを行わせた。
その後、映画『チャンプ』の主人公チャンプが死に、息子のTJが爆涙するシーンを見せ、どのように感情が反応し、変化したかをアンケート調査した。
その結果、ジョギング群は、ストレッチ群よりも気持ちの立ち直りが早かったことから、落ち込んだ気持ちの立て直しにジョギングが有効である事実が確かめられた。
有酸素運動は遺伝子レベルで筋肉の代謝機能を高める
このような実証実験だけでなく、長期間にわたるジョギングやサイクリングなどの有酸素運動は、遺伝子レベルで筋肉の代謝機能を高めるメカニズムを明らかにした実証実験もある。
実験を行ったのは、世界最大の医学系研究機関で、ノーベル賞の生理学医学部門の選考委員会があるスウェーデンのカロリンスカ研究所だ。研究チームによれば、長期間にわたって行った耐久トレーニングが、筋肉の一部である骨格筋のエピジェネティクスの発生レベルを変化させていたことが判明した。
エピジェネティクスは、生体環境の変化によってゲノム内で起きるさまざまな生化学的変化だ。ゲノムが細胞のハードウェアなら、エピジェネティクスは細胞のソフトウェアと言える。エピジェネティクスの1つにDNAメチル化がある。
DNAメチル化は、DNA塩基配列に影響を及ぼさず、メチル基がDNA分子に付いたり、除かれたりする化学反応だ。
研究チームは、23人の健康な男女を対象に、片足だけのサイクリングを1週間に4回、3カ月間にわたって行わせたうえで、サイクリング前後の骨格筋の新陳代謝、ゲノム内の4万8000部位におけるDNAメチル化の発生状態、2万個以上の遺伝子の活動状態を測定した。
その結果、DNAメチル化と4000個の遺伝子の活動変化に強い相関関係が確認できた。言い換えれば、DNAメチル化の発生レベルが上昇したゲノムに関わる遺伝子は、骨格筋の代謝機能に影響を与えていることが判明した。
つまり、有酸素運動によって骨格筋の代謝機能が上昇する反応がDNAレベルで発生していたことになる。
実験を主導したヨハン・サンドバーグ博士は、ジョギングやサイクリングなどの耐久トレーニングは、筋肉の機能や健康を改善する遺伝子に多大な影響を与えている事実を示していると説明する。この成果は、糖尿病や心疾患の治療法の開発につながる可能性が極めて高いという。