【病気の知識】
肛門と直腸の間には歯状線という波型の部分がある。この歯状線と直腸粘膜の境目に、肛門陰窩(いんか)と呼ばれるポケット状の窪みがあり、ここには肛門腺という多数の分泌腺が開いている。この肛門陰窩に便が溜まり、大腸菌などの細菌が肛門腺内に侵入して腺の根本の部分に炎症が起こって膿が溜まる状態を、肛門周囲膿瘍という。
これが痔瘻の前段階だ。ここで自然に治癒することはまずなく、痔瘻にまで進行してしまうのが一般的である。
肛門腺は常に便に含まれる細菌にさらされているが、元来は抵抗力が強く、簡単には細菌の侵入を許さない。ところが、肛門腺の細胞の変化などが原因となり、細菌が侵入してしまうことがある。肛門周囲膿瘍は、その広がり方によって、強い痛みや発熱などの症状を生じさせる。さらに炎症がひどくなると、腫瘍から膿が排出されるようになる。皮膚が破れて膿が排出され、トンネル(瘻管)をつくったものが痔瘻だ。
もう一つの裂肛は、いわゆる「切れ痔」のこと。おおむね痛みを伴う痔の中でも、いちばん痛いとされるのがこの裂肛だ。歯状線の下、肛門の孔からすぐの部分の皮膚を肛門上皮といい、ここは直腸から内容物が下降してくると、それが固形便か液状便か、あるいはガスかを識別して、内容物を排出するか、留めておくかの調整をするため、知覚神経が張り巡らされている。この部分が裂けたり潰瘍ができたりするのが裂肛。知覚神経が発達しているため、激しい痛みを伴う。
裂肛には、自然に治癒することもある上皮の浅い部分が裂けた程度のものから、潰瘍が奥深く筋層に達するものまである。潰瘍を形成するような裂肛の場合、ひどくなると排便時だけでなく一日中痛みが続く場合もあり、長く放置すると肛門の縁に「見張りいぼ」と呼ばれるポリープ状の出っ張りができる。
裂肛は、便秘が主な原因となるため、特に便秘がちな若い女性に多く発症し、肛門の後方にできることが多いのが特徴だ。また、裂肛ができたために痛みが怖くて排便が嫌になり、さらに便秘がひどくなるという悪循環に陥るケースが少なくない。
痔瘻は、膿のトンネルをつくる前、肛門周囲膿瘍として発症する。肛門周囲膿瘍は、できる場所によって症状が多少異なるが、痛みのほか強い全身症状が出るのが特徴。炎症が始まると、お尻のそばにおできができたような鈍い持続痛が起きる。痛みは徐々に強くなり、3〜4日もすると眠れないほどになり、熱も出てきて患部が広範囲に赤く腫れる。排便障害や排尿障害を起こす場合もある。血液検査では白血球数が増え、炎症反応が強く出る。この肛門周囲膿瘍の段階で切開して膿を外部に誘導してやると、症状は劇的に改善する。
一方で自然に膿瘍が破れて膿を排出する場合がある。このように細菌の入り口から膿の出口までトンネルができたものが痔瘻だ。肛門周囲膿瘍から膿がいったん排出されてしまうと、痛みや熱の症状はなくなる。ただし痔瘻になると、肛門腺の開口部から膿の出口にかけてしこりがあり、常に膿が少量ずつ出ている状態になる。痛みがなくても分泌物があるため、肛門が常に湿っていて下着が汚れる。
たまにこの状態から膿の出口が自然に閉じ、治ったように思われることがあるが、内部に膿が残っており、再び溜まって痛んだり、発熱することがあるので注意が必要だ。この膿も排出されると症状はなくなるが、繰り返していると新しいトンネルが次々とできて治りが悪くなる。
裂肛は、文字どおり肛門上皮が裂ける症状。これが慢性化すると潰瘍ができるようになる。いずれも排便時に強い痛みがあり、この痛みのせいで肛門周囲の括約筋が反射的に縮こまり、排便後も痛みが持続する。
固い便や大きな便が出る時や、下痢をたびたび繰り返し肛門を何度も拭くことで、摩擦によって裂肛ができる。上皮部分の軽い裂肛なら、自然に治癒したり、入浴することで症状が軽くなったりする。潰瘍ができるまでになると、痛みはとれず、排便の際より終わったあと痛みがひどく、数時間、ひどい時は一日中痛むようなこともある。場合によっては座っているのもつらいぐらいの痛みを感じる。潰瘍ができてしまうと自然治癒は難しく、なんらかの治療が必要になる。
裂肛はとにかく痛いため、排便を我慢するようになり、するとるる便が固くなり痛みが増すという繰り返しになる。肛門潰瘍ができるまでになると、肛門付近の皮膚に正常な部分が少なくなり、肛門を開け閉めする役割をしている括約筋の緊張も続き、肛門が狭くなってしまう。
痔瘻の場合、肛門から指を入れて触ってみると、炎症を起こした肛門腺から膿の出口に向かってできているトンネル状の硬いしこりを発見することがある。このトンネルは、まっすぐに出口に向かっている場合や、後方から肛門周囲を半周して横に出口を作っている場合(馬蹄形痔瘻)などさまざま。肛門に向かうのではなく直腸に向かっていく痔瘻の場合は、さらに直腸まで指を入れてみるとわかる(直腸指診)。最近では、瘻管(トンネル)の出来方が複雑でわかりにくい場合や、肛門周囲膿瘍でも膿瘍が深くてわかりにくい場合などに、超音波内視鏡や核磁気診断装置(MRI)などが使われるようになった。
裂肛の場合は、肛門潰瘍を形成するような状態にまでなっていると、視診で肛門周囲に「見張りいぼ」が認められ、指を入れて診察しようとしても痛みが強くて指が入らないことがよくある。浅い裂肛の場合は、肛門鏡でのぞくと肛門上皮の裂け目が確認できる。
痔瘻は自然治癒は望めないため、基本的には手術療法となる。なぜなら、細菌の侵入口である肛門腺の孔は自然に塞がることがないからだ。手術の方法はいろいろあるが、その目的は、痔瘻の細菌の入り口と細菌が暴れ出した主感染巣の除去にある。たとえ出口が塞がったとしても、原発口とトンネルが残っていれば痔瘻は再発する。現在では手術方法も工夫され、括約筋をできるだけ傷つけないようにしながら、しかも細菌の入り口が確実に除去できるようになっている。なお、痔瘻の場合、手術をしても、奥深くまで進行していて術後も細菌が残っている場合や、肛門腺の枝が括約筋内に多く残っている場合などに、わずかだが再発の可能性がある。
なお、メスで細菌の入り口や主感染巣を切除する方法だけではなく、腐食性の糸やゴムを通してこれらを破壊してしまう方法(シートン法)や、細菌の入り口に腐食性の薬剤を入れて破壊する方法など、日本や東洋古来の手術療法も見直されつつある。
裂肛は、傷が浅いものなら便秘を避け、規則正しく、あまり力まない排便を心がけ、入浴で肛門付近の血流をよくし、痔の軟膏や座薬を使用することなどで治る。もっと程度の進んだものや肛門潰瘍になると、緊張の高まっている肛門括約筋を少し緩めてやる必要がある。括約筋を緩める作用のある軟膏を使用したうえで、痔の軟膏や座薬を使用したり、括約筋を皮下で少し切開することもある。ひどい肛門潰瘍で肛門が狭くなっている場合は、括約筋を切開したうえで肛門潰瘍を切除し、肛門の皮膚を整形して肛門の円周を広げる処置をする。
繰り返になるが、痔瘻は肛門内の歯状線のところにある肛門腺に細菌が侵入することによって起こる。歯状線があるのは肛門の奥なので、シャワー式トイレなどでいくらお尻をよく洗って清潔にしても予防できない。大事なのは、肛門腺の開口部に便がたまらないようにすること。特に下痢に気をつけ、そして過労を避けて、体の抵抗力が弱らないようにする。抵抗力さえあれば、肛門腺は細菌にさらされていても感染することはない。
裂肛の予防は、肛門に負担のかからない排便を心がけること。いちばん大事なのは便秘にならないことである。裂肛が若い女性に多いのは、日常的に便秘になっている人が多いから。人間の体には、朝起きて水分を摂ったり食事をすると便意を催すという自然のリズムが備わっている。ところが、学校や会社に出かけるのに時間の余裕がないために、家で用を足さないまま飛び出してしまい、学校や職場でも便意を我慢する女性が多い。便は我慢することを繰り返していると、自然のリズムが失われ、下剤を服用しないと出ないようになる。規則正しい、お尻にやさしい排便をして、お尻を傷つけないように心がけよう。
また、シャワー式トイレなどを使って肛門の周囲は常に清潔にし、入浴の際は湯船に浸かり血行をよくしておくことも予防のひとつになる。
痔瘻の場合は手術でしか治らないため、特に治療薬はない。ただ肛門周囲膿瘍の場合、排膿した後で炎症を押さえるために抗生物質を使用する。裂肛の場合は、痔核の時と同じ軟膏や座薬が用いられる。また肛門周囲の括約筋を緩めるため、バゾレーターという軟膏を用いることもある。
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