テイ・サックス病が、アシュケナージ系ユダヤ人に多いのはなぜか?
テイ・サックス病は、東欧系ユダヤ人(アシュケナージ系ユダヤ人)に好発する。したがって、正統派ユダヤ教を信奉するユダヤ人の社会では、カナヴァン病、ゴーシェ病、ファンコーニ貧血、嚢胞性線維症など36種類の劣性遺伝疾患と同様に、妊婦のスクリーニング検査を徹底し、ホモ接合体率(発症率)の低減や保因者に対する偏見の防止に努めている。
厚労省によれば、テイ・サックス病の発症頻度は、一般のヨーロッパ人が約36万新生児に1人、保因者は約280人に1人。一方、アシュケナージ系ユダヤ人は2500〜3600新生児に1人、保因者は25〜30人に1人。アシュケナージ系ユダヤ人の罹患率は、一般のヨーロッパ人の約100も高いことが分かる。日本人の発症は稀だ。
テイ・サックス病が、アシュケナージ系ユダヤ人に多いのはなぜか?
科学専門誌『Nature』(2014年9月10日)によると、約600~800年前にアシュケナージ系ユダヤ人は、ヨーロッパ系祖先集団と中東系祖先集団の融合によって出現した。
米国に住むユダヤ系国民の大半を占めるアシュケナージ系ユダヤ人128人のゲノム配列を解析したところ、25~32世代(約600~800年)前に集団内個体数の激減(集団ボトルネック)が発生し、250~420人が創始者となった事実を解明した。
集団ボトルネックが起きた原因は、14世紀半ばのペスト流行や、十字軍運動による東欧ユダヤ人の虐殺などと推定される。集団ボトルネックによって集団の数が減ると、劣性遺伝子変異が増幅されるため、テイ・サックス病の発症頻度が高まった。
しかし、2016年現在、残念ながらテイ・サックス病の標準治療は確立していない。もしも、テイとサックスがニューヨークのバーでスコッチを傾けたなら、こんな会話を交わしたかもしれない。
テイ「サックスの研究がなかったら人類はどうなっていたろう? 想像しただけでゾッとするよ」
サックス「んーでも、失活したヘキソサミニダーゼAに代わる酵素を患者に注入した酵素補充療法も、脳の血液脳関門に阻まれたし、ニューロンもほとんど動かなかったよ」
テイ「君は、未来を見透せる千里眼なのかい? じゃ、遺伝子をニューロンに移植する遺伝子治療は、どうなんだい?」
サックス「それも、数年はかかりそう。でも、ニューロンに新しいDNAを運ぶウイルスベクターを使う手がある。もしも欠落した遺伝子を新しいDNAに置き換えられれば、完治の道筋がきっと見えてくるよ!」
テイ「そんな奥の手があったのかい? 君は本当に奇跡を呼ぶ男だね!」
サックス「まだ研究段階で極秘だがね(笑)。シアリダーゼという酵素を使って、ガングリオシドGM2の脳内代謝を無害化する戦法もあるんだ!」
テイ「それを聞いたら、何だか勇気が湧いて来たぞ!発症したら、5年と生きられない難病だ。とにかく子どもたちが幸せになれない世界ほど辛いものはないからね。サックス、世界中の若き研究者諸君の未来のために、乾杯しよう!」
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。