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【シリーズ「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」第13回】

医療先進国スウェーデンで「2つの難病」と苦闘した「2人のシェーグレン医師」の物語

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ヘンリク・シェーグレン(左)とトルステン・シェーグレン(右)(写真はウキィペディアより)

 スウェーデンと言えば、世界幸福地図で世界第7位(2006年)、世界価値観調査の幸福度はアイスランド、デンマークに次ぐ第3位(2005年)。国民の高いQOL(生活の質)も羨望を集める。

 北欧の医療先進国スウェーデンで忘れてはならないパイオニアがいる。「シェーグレン症候群」を発見したヘンリク・シェーグレンと、「シェーグレン・ラルソン症候群」を探求したトルステン・シェーグレンだ。「2つの難病」と苦闘した「2人のシェーグレン医師」。その奇遇なサクセス・ストーリ—をひも解こう。

女性の発症率は男性のおよそ14倍で致死率も高い「シェーグレン症候群」

 1899年、ヘンリク・サミュエル・コンラッド・シェーグレンはストックホルムに生まれる。27歳でストックホルム大学医学部眼科学の学位を取得後、カロリンスカ研究所の高等研究員に。37歳の時、博士論文『関節リウマチを合併した乾燥性角結膜炎の臨床研究』を出版し、ドライアイ、ドライマウス、関節リウマチの重篤症状を示す19もの臨床例を世界に先駆けて発表した。天才的な着想と旺盛な探究心が奏功し、若くしてシェーグレン症候群の発症機序を究明したことから、欧米の眼科学会にその名声を轟かせた。

 シェーグレン症候群は、外分泌腺(唾液腺と涙腺)の障害によって、口と目の粘膜表面に重度の慢性唾液腺炎と乾燥性角結膜炎を生じる全身性自己免疫疾患だ。

 原因は、自己抗原のRo/SSAやLa/SSBなどに対するB細胞やT細胞の過剰な自己免疫応答によって生じる外分泌腺上皮の破壊とされる。単なる乾燥症状をはじめ、外分泌腺上皮周囲へのリンパ球浸潤、免疫複合体の沈着の全身性合併症から重篤なリンパ腫まで、実にさまざまな症状が現れるのが特徴だ。関節、筋肉、腎臓、甲状腺、神経、皮膚、肺などに及ぶ全身性合併症やリンパ腫を発症すると、致死率が高まるので決して侮れない。

 小児、男性、高齢者も発症するが、とくに40~60歳の中年女性の発症が多く、女性の発症率は男性のおよそ14倍に上る。有病率は人口10万人当たり約15人。女子テニスの元世界ランキング女王ビーナス・ウィリアムズも発症していると報道された。

 治療は、乾燥と全身症状の管理をめざす局所治療と全身治療を併用する。全身の臓器の病変も伴うため、眼科だけでなく、内科、耳鼻科、歯科口腔科が連携して治療に当たらなければならない難病だ。

 2012年、鶴見大学歯学部の研究グループは、ダイオキシンの一種であるTCDDがEBウイルスを活性化する発症機序を公表。現在も臨床研究は続けられているが、直接的な原因は未解明。タンパク質(αフォドリンやRbAp)の異常、ビタミンB群(ビオチン)の欠乏をはじめ、遺伝要因、環境要因、性ホルモンの影響などが関わるとされる。

知的機能の衰退を合併する「シェーグレン・ラルソン症候群」

 もうひとりのシェーグレン医師は、シェーグレン・ラルソン症候群の臨床疫学研究で知られるトルステン・シェーグレンだ。病名は、スウェーデンに生まれた皮膚科医トルステン・シェーグレン(1896年生まれ)と、科学者レオポルド・ラルソン(1905年生まれ)に由来している。

 シェーグレン・ラルソン症候群は、先天性魚鱗癬(せんてんせいぎょりんせん)をはじめ、四肢の痙性麻痺(筋肉の硬直)や精神遅滞(知的機能の衰退)を合併する常染色体劣性遺伝性の神経皮膚疾患だ。有病率は約10〜20万人当たり1人とされる。

 先天性魚鱗癬は、先天的な染色体異常によって皮膚のバリア機能が阻害されるため、胎児の時から皮膚の角層が厚くなる。出生時や新生児期に全身または広範囲の皮膚が厚い角質に覆われる難病だ。発症すると、紅色や黒色の皮疹(皮膚の発疹)が頸部、腹部、間擦部(皮膚が擦れる部分)、四肢に現われる。四肢の痙性麻痺(筋肉の硬直)を伴うため、精神遅滞(知的機能の衰退)を伴う。眼底網膜の光輝性小斑点、視力障害、歯牙形成異常が見られる場合がある。

 原因は、脂肪アルデハイド脱水素酵素(FALDH)をコードするALDH3A2、 ABCA12、TGM1、ALOX12Bなどの遺伝子変異が起きることから、組織内に脂肪アルコールや脂肪アルデヒドが蓄積して発症するとされる。

 患者の皮膚に由来する線維芽細胞のFALDHの活性を測定して確定診断を行うが、根治療法はない。先天性魚鱗癬は痒みを伴うため、止痒剤、保湿剤、ワセリンによる対症療法が有効だ。だが重症化すると、たとえば、新生児期なら新生児集中治療室(NICU)で輸液・呼吸管理、正常体温の維持、皮膚の感染抑制、レチノイド全身投与などの保存的治療に入る。しかし、精神遅滞(知的機能の衰退)の治療は、小児科専門医を受診しなければならない。

 原因も病態も未解明のため、完治への道のりは険しい。だが、臨床試験や疫学研究は試みられている。2015年にAldeyra社が治療薬の第2相試験をスタート。今春は、アルデヒド捕捉薬の有効性を実証する研究発表もあった。

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