明治天皇の死因は?(画像はWikipediaより)
明治天皇の死因や実像をたぐると、深い密林に踏み惑う探検家さながらに「未知」と「暗闇」が待ち受ける――。
古来、天皇の死を「崩御」「薨去(こうきょ)」と言い習わす。異様なまでに極秘や憶測に塗れた明治天皇の死。その死因は、尿毒症、糖尿病、梅毒などと伝わる。頑なに口を噤んだ「パンドラの匣」を押し開くほかない。
[an error occurred while processing this directive]死因は本当に持病の糖尿病が悪化して心臓麻痺?
宮内庁が編纂した伝記『明治天皇記』によると、「三十日、御病気終に癒えさせられず、午前零時四十三分心臓麻痺に因り崩御したまふ、宝算実に六十一歳なり」とある。
持病とされる糖尿病が悪化して尿毒症を併発したため、心臓麻痺を起こした明治天皇が崩御したのは、1912(明治45)年7月30日午前0時43分。宝算61歳(満59歳)。
死の直前の7月11日、東京大学の卒業式に出席。全身の苦痛を訴え、中枢神経を興奮させるカンフル剤の投与、生理食塩水注射を受ける。
宮中の天皇の寝室(御内儀)への入室を許されたのは、昭憲皇太后、御后女官(典侍)、侍医だけ。宮中は、天皇や皇族の急病や死の穢れを忌み嫌う。寝室は看病も診断も行き届かないため、天皇の居間である御座所が臨時の病室となる(米窪明美『明治宮殿のさんざめき』文藝春秋)。
天皇の崩御に立ち会った皇族の梨本宮妃伊都子の日記によれば、伊都子らの皇族は急死の2日前に危篤の報を受け宮中で待機。7月29日午後10時半頃、伊都子らが御座所に入ると、昭憲皇太后、皇太子(後の大正天皇)と妃(後の貞明皇后)、内親王らが病床を囲む。侍医頭の岡玄卿(おか・げんけい)、青山胤通、三浦謹之助らの侍医が診察に当たる。明治天皇は、喉に痰が詰まり、咳払いをした後、息も絶え絶えに。数分後に咳き込むや眠るように亡くなる。
大正に改元後の1912(大正元)年9月13日、東京青山の大日本帝国陸軍練兵場(神宮外苑)で「大喪の礼」が執行された。翌14日、亡骸は、遺言に従い京都の伏見桃山陵に埋葬される。
死亡診断書を確認できないため、死因の真相は不明だ。巷に「梅毒死」とする荒唐無稽な風説や「天皇替え玉説」などの奇々怪々な憶測が流布するものの、死因の真偽は宮内庁の地下深く眠る機密文書の開示がない限り知る手立てはない。
すべては、宮内庁が差配する天皇家の「穢れ嫌忌、不浄忌避」「美徳死守」「黙して口封じ隠蔽工作」「取り繕い権威主義」「禁じて秘して黒塗り」「事なかれ内密主義」の策動に起因する。
明治天皇を葬った「末期の腎不全尿毒症」の恐怖
伝記『明治天皇記』の記録が正しいとすれば、明治天皇は「糖尿病が悪化し、尿毒症を併発し、心臓麻痺によって崩御した」ことになる。
尿毒症とは、腎機能の低下によって臓器や組織の機能障害と体液異常が引き起こす末期の腎不全だ。腎臓は、老廃物の排泄、水、電解質(ナトリウム、クロール、カリウム、カルシウム、リン)バランスの維持、ホルモンの産生や不活性化を司っている。尿毒症になると、これらの腎機能がすべて阻害される。
尿毒症になると、炭酸ガス、タンパク質による窒素代謝産物(尿素窒素、尿酸、クレアチニン)が尿中から排泄されず、腎臓に蓄積するため、重篤な神経症状、消化器症状、出血症状を招く。ナトリウムやクロールが腎臓に蓄積すれば、体内の水分が増加し、高血圧、浮腫(むくみ)、心不全などにつながる。カリウムの増加は不整脈を、カルシウムやリンの異常は腎性骨異栄養症を起こす。
腎不全によるリン酸、有機酸の蓄積とアンモニアの生成・排泄障害、水素イオンの排泄障害は、代謝性アシドーシス、骨代謝異常、アルブミンの合成低下、筋力低下などにつながる。また、腎臓で作られる造血ホルモンのエリスロポエチンの産生不足が起きると、腎性貧血を招く。
リンの排泄障害があれば、高リン血症や、腎臓のビタミンDの活性障害によって低カルシウム血症を発症する。その結果、二次性副甲状腺機能亢進症、腎性骨異栄養症に陥る。また、免疫不全によって感染しやすくなるため、ワクチンによる免疫獲得率も弱まる。
そのほか、耐糖能異常やインスリン分解能低下による高インスリン血症をはじめ、神経精神異常、脂質代謝異常、アミノ酸代謝異常、性機能障害(性ホルモンの低下)、成長障害(成長ホルモンの異常)のほか、甲状腺ホルモンの異常、食欲不振などによるカロリー不足、栄養障害、視力障害、味覚障害、ビタミン不足、皮下出血などを招く。
このように尿毒症は、難雑かつ重篤な症状や疾患につながることから、生命を脅かすリスクが極めて高い。
明治天皇の尿毒症。どのような原因と機序によって発症したのかは、推定の域を出ない。ただし、長期にわたる高血糖の病態が悪化したなら、糖尿病細小血管障害、動脈硬化症と関連した大血管障害の慢性合併症につながる。その結果、糖尿病腎症のほか、骨減少症耐糖能異常やインスリン分解能低下による高インスリン血症を発症したかもしれない。
「パンドラの匣」に封印されたままの重々しい沈黙。宮内庁と天皇家に秘された機密文書の開示がなければ、いかなる検証も反証もままならない。開示が遅れれば遅れるほど、真相の解明は虚しく遠のくばかりだ。