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【連載第3回 死の真実が“生”を処方する】

歩きスマホや違法駐車……健常者の無関心が「全盲障害者」を危険にさらす

障害者自身の注意には限界がある

 バリアフリー社会が到来し、日本でも各種制度が整いつつある。しかし、障害者が交通事故に遭遇する割合は、健常者に比べ圧倒的に高い。街中を障害者の目線で見てみると、その答えが出るはずだ。

 平成23年、JR目白駅で全盲の男性が転落して死亡した。これらの事故を受け、国土交通省は同年8月から、1日の乗降者数が10万人を超える駅を優先してホームドアの設置を推進。しかし、設置はあまり進んでいない。該当する244駅のうち設置されているのは2割強(26年9月時点)。全体(約9500駅)の6%に過ぎないという。

 社会福祉法人日本盲人会連合の調査(平成23年)によると、視覚障害者の約4割の人が「転落経験あり」と回答。また、「転落を防ぐために一番先に行ってほしいものは」と「ホームドアの設置」(158人)を一番目に挙げた。

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全盲者の約80%が違法駐車に接触

 「平成25年版障害者白書」によると、日本では身体に障害のある人は366.3万人(人口1000人当たり29人)、知的障害は54.7万人(同4人)、精神障害は320.1万人(同25人)、およそ国民の6%が何らかの障害を有している。ちなみに、視覚障害者数は31万人(平成18年身体障害児・者実態調査結果)だ。

 ある調査では、交通事故に遭遇したことがある視覚障害者は、全盲者で35%、弱視者で17%にも達した。そのうち、何らかの傷害を負って通院した人は8%、入院した人は3%。どうして、このような事故に遭遇するのか。

 まず、考えられるのは駐車車両との衝突だ。全盲者の約80%が、違法駐車をしている自動車に接触した経験があるという。歩道に乗り上げて駐車している車や、点字ブロックの上に停まっている車は、視覚障害者の安全な通行路を妨げている。これに気づかずに安全だと思って歩けば、ぶつかるのは当然だ。また、「最近の車はエンジン音が静かなので、目の前に来るまで気付かず、怖い思いをしている」といった声も聞かれる。

 次に挙げられるのが自転車だ。全盲者の約7割、弱視者の約4割が自転車と衝突した経験があるという。走行してくる自転車に衝突されれば、死亡事故につながることもある。自転車は歩道を走ることが多く、音もしないために、視覚障害者にとっては避けることが難しい。  

 一般の人は、盲導犬を連れていたり、白い杖を使っている人に対しては、視覚障害者だと容易に認識して、道を譲ったり手助けをすることがあるだろう。しかし、これらを使わない弱視者は、周囲から障害者と気づかれないことが多く、平気で通行路を妨げられることがあるのだ。

段差を避けるために転倒して亡くなった例も

 公共施設や大きな駅では、車椅子利用者のためのスロープが整備されるようになった。2000年に施行された「交通バリアフリー法」では、スロープの傾斜を5%以下にするように定められた。

 しかし、街の全ての施設が、このように整備されているわけではない。スロープやエレベーターがない施設はまだ多く、スロープはあるものの傾斜が急で車椅子利用者が自力では上がれないところや、幅が狭くて思い通りに通行できないところもある。

 もし、車椅子で坂道を登っている途中で力尽きてしまったらどうなるか。ただスロープがあるだけでは十分とはいえず、車椅子利用者が快適に利用できるものでないと意味がない。一方、交差点や歩道にもわずかな段差がある。これを乗り越えるためには、車椅子の前輸を上げなければならない。前輸を持ち上げると、後方へ転倒する危険性が高くなる。残念ながら私は、車椅子を利用中に後方へ転倒して後頭部を強打し、命を落とされた方と出会ったことがある。  

 一般に用いられている車椅子は重心が安定しているが、前輸を上げたときはもちろんのこと、利用者が首を後ろに曲げただけでも、重心は後ろに移動して、後方へ転倒する危険性がより高くなる。街中からわずかな段差をもなくすことは、車椅子の転倒事故を予防するうえでも重要なことなのだ。

 障害を持たない人が日常的に行っていること、些細と思われるようなことが、高齢者や障害者にとってはとても恐ろしいことにもなる。障害者自身の注意には限界がある。最近問題の"歩きスマホ"など、健常者の無関心が視覚障害者の社会参画を妨げていないだろうか。

 高齢者や障害者の事故予防は、単に制度を変えたり、主要施設の整備を行うだけでは進められない。いったい何が不自由なのか、何が危険なのかを知ることが重要だ。高齢者や障害者の目線で"ものを見る"ことが、最大の解決策だろう。


一杉正仁(ひとすぎまさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士過程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。
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