「視線と香り」で使用率がアップ Graphs/PIXTA(ピクスタ)
この冬、今まで獲得した免疫では防ぐことができない「新型ノロウイルス」の流行が懸念されている。昨年12月24日、ノロウイルスなどによる感染性胃腸炎の患者が1週間で3万人を超えたとして、国立感染症研究所が調理や食事前の手洗いを徹底するよう注意を呼びかけた。
やはり、感染症予防の基本は一にも二にも手洗いだ。帰宅時やトイレ後、食べ物に触る前、食事前に、必ず石けんを泡立ててしっかり洗い、流水で落とす。お手拭きやウェットティッシュで拭く程度では、ウイルスは十分に取り除けない。
[an error occurred while processing this directive]ところが、感染の危険性を頭では理解していても、忙しさにかまけたり、面倒くさがり、人は手洗いをおろそかにする。実は、このことは一般人だけでなく、医療従事者であっても同じらしい。
医療現場で行われる手指衛生には、流水・石けんによる手洗い、流水・消毒剤による手洗い、アルコール製剤を用いた手指衛生などがある。だが、2014年に日本国内の医療機関で実施された観察研究では、医療者の患者接触前の手指衛生遵守率が約19%という怖い結果が出た(J Patient Saf2014 PMID:24717527 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24717527)。
消毒したくなる条件とは?
院内感染を防止するうえで、最も重要なひとつである手指衛生が、医療現場で「面倒」「忙しい」「手荒れがひどい」などの理由で、想像以上に守られていない。このことは驚きであるとともに、日本のみならず世界中の医療機関の懸案事項であるという。
それに関して昨年12月、英ウォーリック大学の研究によるユニークな研究結果が発表された。フロリダ州・マイアミにある教育病院の外科集中治療室のドア横に設置された、アルコールハンドジェルディスペンサーを使った観察実験だ。
被験者となったのは、その病院に勤める医療従事者と、一般の面会者404人。研究グループは、ハンドジェルディスペンサーの周囲にさまざまな条件を加え、被験者たちが病室に入る前に、正しく手指を消毒するかを確認した。
結果は次の通りだ。
1)ディスペンサーに何もしなかったときの使用率……15%
2)ディスペンサーの上に、男性の両目の写真を掲示したときの使用率…33.3%
3)ディスペンサーの上に、女性の両目の写真を掲示したときの使用率…10%
4)ディスペンサーの周囲に、柑橘系の爽やかな香りを漂わせたときの使用率…46.9%
このように、写真による男性の視線と柑橘系の香りにのみ、手洗い率が有意に高くなったという。また柑橘系の香りについては、女性よりもより男性に大きな効果が現れた。
女性よりも男性の視線に影響がある?
研究者のひとりであるVlaev教授は、「過去の多くの研究で、社会的な影響力に関しては女性より男性の方が強いことが示されている。男性の視線は、女性の視線とは違う感情を引き起こすのかもしれない」とコメント。
ただし、「医療従事者と面会者とで効果に違いがあるかどうか。また、両目の写真や柑橘の香りに何度もさらされ、慣れてからも同じ効果が維持できるかどうかについては、今後の研究で明らかにする必要がある」と付け加えている。
以前アメリカで行われた大学のトイレにおける調査でも、ひとりのときより“見ている人”がいる場合に「手洗い率」がアップしたという。いずれにしても、結果的に院内感染を減らすことができるなら朗報だ。さらに独創的な研究の進展によって、他の分野でも活用されることに期待したい。
(文=編集部)