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【シリーズ「再生医療の近未来」第5回】

事故による脊髄損傷の再生医療――世界中のバイオテク企業や研究機関の挑戦が続く

脊髄損傷の患者は毎年5000人以上(shutterstock.com)

 脊髄損傷(せきずいそんしょう)は、交通事故、スポーツ事故、転倒事故などで大きな外傷を受けた脊椎が骨折や脱臼を起こし、脳と体をつなぐ中枢神経の脊髄が損傷する病態だ。脊損(せきそん)とも呼ばれる。日本の患者数は10万人以上、毎年5000人以上の患者が発生している。

 脱臼や骨折がなくても、脊髄が入っている脊柱管(せきちゅうかん)の狭い部位に外傷が加わったり、ヘルニアや腫瘍が脊髄を圧迫して生じる場合もある。

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 脊髄が損傷すると脳からの指令が正確に伝わらなくなるので、損傷部位以下の自律神経、運動機能、知覚機能が阻害され、排尿、排便、呼吸、血圧調節などの機能障害につながるリスクが高い。脳の指令が完全に伝わらず動かなくなる完全型と、筋力が少し弱くなる程度の不完全型がある。

 損傷を受けた脊髄や中枢神経は、末梢神経を修復するように再生できないので、根本的な治療法はない。急性期は、損傷した脊椎を安定させ、残された機能を使ってADL(日常生活動作)を維持するために、リハビリ治療を続ける。損傷部位が頸椎なら、呼吸障害、低血圧、徐脈などが生じることから、集中治療室(ICU)での治療が必要になる場合がある。

脊髄損傷の再生医療は、どこまで進んでいるのか?

 現在、最も有望視されているのは、骨髄や神経の幹細胞を用いた神経再生だ。長年にわたって、ES細胞やiPS細胞、肝細胞増殖因子による研究が継続しているが、クリアすべき課題も多い。

 2005年、中国の北京首都医科大学は、鼻粘膜細胞(OEG)を注入する脊髄の再生治療を行った。しかし、治療効果の検証データが未公開のうえ、激しい疼痛を生じたり、OEGは中絶胎児から採取するのなどの問題があったため、日本せきずい基金は、推奨できる治療法でないと報告している。

 その後、2010年10月、米国のバイオテク企業Geron社は、脊髄損傷の患者4人にヒトES細胞を使用した臨床試験(治験)を世界で初めてスタート。この臨床試験では、ヒトES細胞から分化させた神経細胞のオリゴデンドロサイトを損傷した脊髄に移植した。オリゴデンドロサイトは、中枢神経の軸索(神経突起)を保護しているグリア細胞だ。

 臨床試験(治験第1相)の結果は良好だったが、企業の資金難で中断を余儀なくされ、Geron社は2011年11月に撤退。その後の動物実験では、オリゴデンドロサイトや神経前駆細胞の移植によって運動機能が改善したと報告する論文が続いた。だが、治療メカニズムは必ずしも明らかでなく、移植細胞が患部に定着する効率も低く、治療には細胞数が!0億個も必要になるなどの課題も残っている。

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