オーストラリアなどでは年齢にかかわらず自転車に乗る際はヘルメット着用が義務化shutterstock.com
「イヤホンで音楽を聞きながら」「傘を使用しながら」自転車を運転していると取締りの対象に――。
改正道路交通法施行によって、6月1日から悪質な自転車の運転者に対して安全講習の受講が義務付けられるようになった。悪質な行為とは、信号無視や右側通行、酒酔い運転など14種類。運転者(14歳以上)が、3年間に2回以上、「危険運転」で摘発されると、講習(3時間・5700円)の受講を命じられる。もし受講しないと、5万円以下の罰金だ。
[an error occurred while processing this directive]この厳罰化の背景には、自転車が加害者となる事故の社会問題化がある。平成25年、小学生が自転車で女性に大ケガをさせた事故の損害賠償請求訴訟で、神戸地裁が小学生の母親に計約9500万円の賠償を命じて話題を呼んだ。「自転車だから」という軽い気持ちでの違反運転は、加害者・被害者ともに不幸な思いをする。今回、自転車に乗る際の注意点、身の安全の図り方について考えてみたい。
自転車事故の死亡原因のトップは頭部外傷
以前、関東地方にある救命救急センターの医師と、自転車乗車中の事故で搬送される患者について話し合う機会があった。残念ながら3分の1の患者は死亡し、退院できる人は約3分の2。だが、事故に遭遇する前の生活にすぐに戻れるわけではない。後遺障害が残る人もいる。
死亡原因は、圧倒的に頭部外傷が多い。命を守るには、頭部のケガ予防が何よりもまず必要である。
警察庁によると、平成26年に発生した自転車関連の交通事故は10万9269件で、全交通事故件数の19.0 %を占める。年間の死亡者数は542人を数え、そのうち65歳以上の高齢者が63.9%と多くを占めている。
事故の中でも、自転車対歩行者事故は、平成9年は633件だったものが、17年後の平成26年には2551件と約4倍に増加。この現状を憂慮して道路交通法が改正され、平成20年6月から、自転車は原則として車道を通行することが義務付けられた(63条)。ただし、13歳未満の小児や70歳以上の高齢者が運転する場合と、歩道内に自転車通行帯が設けられている場合などは、この限りではない。
ヘルメットを着用すれば頭部外傷のリスクが42%低減
冒頭でも触れたが、自転車乗員の死亡や重傷損傷のケースでは、頭部外傷が最もよく見られる。そして、道路交通法63条には「13歳未満の小児が自転車を運転する際に、保護者はヘルメットを被らせるように努めなければならない」とある。
果たして、日本の13歳未満の児童は、きちんとヘルメットを着用しているのか。東京都内では、小児のヘルメット着用率は平成20年で19.4%、平成24年で30.2 %であった。残念ながら、着用率は低い。
たとえば、大阪府では平成22年に2201人(15歳以下)が自転車乗車中に交通事故で死傷している。そのなかで、ヘルメット着用者はわずか138人。児童は、事故の危険性やヘルメットの重要性を、現実的に認識することが難しいのかもしれない。保護者はもちろん、学校や自治体なども、頻繁にヘルメットの正しい着用を指導するべきだろう。
オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどでは、年齢にかかわらず、自転車に乗る際にはヘルメット着用の義務に関する法律が1990年代に制定されている。ヘルメットの着用は、頭部外傷をどの程度、軽減できるのか。各国や各地域で、着用前後の頭部外傷発生率などを比較した報告を分析すると、着用することで頭部外傷を負うリスクが42%低減できるそうだ。
ヘルメットの着用は、成人への着用も推奨されるべきだと思う。ヘルメットの購入で少々の出費があったとしても、頭部外傷がある程度予防されれば、十分な費用対効果が得られるだろう。
法や規則で定められているからではなく、各人が自転車乗車時の頭部外傷の危険性を認識して、自主的にヘルメットを着用するようになれば理想的だ。医療現場で悲惨な現実を目の当たりにしている者として、自転車に乗る時はヘルメットの着用をお勧めしたい。
一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。