『海を飛ぶ夢』2004年/スペイン/カラー/125分監督:アレハンドロ・アメナーバル製作総指揮:アレハンドロ・アメナーバル、フェルナンド・ボバイラ脚本:アレハンドロ・アメナーバル、マテオ・ヒル出演:ハビエル・バルデム、ベレン・ルエダ、ロラ・ドゥエニャス、クララ・セグラ、マベル・リベラ、セルソ・ブガーリョ、タマル・ノバス
「さようなら、世界」----。2014年11月1日、1人のアメリカ人女性が、こう言い残して人生の幕を閉じた。ブリタニー・メイナードさん29歳。悪性脳腫瘍で余命6ヵ月と診断された彼女は、自分で命を絶つことを宣言した動画を事前に公開し、大きな議論を巻き起こしていた。
また、この3月には難治性の遺伝病「嚢胞性線維症」に苦しむチリの14歳の少女が安楽死を認めてほしいと大統領に訴える動画をインターネットに公開したことが大きな話題となった。
[an error occurred while processing this directive]今回、紹介する映画『海を飛ぶ夢』の主人公ラモンも、彼女と同じように自分の意思で死を選択する。海の事故で四肢麻痺になった実在の男性の手記をもとにした本作は、2004年に製作され、スペインの権威あるゴヤ賞、米アカデミー賞とゴールデングローブ賞の外国語映画賞を受賞するなど、国内外で高い評価を得た。
尊厳死を求めて法廷で闘う
25歳の時に事故で首から下の運動機能を失ったラモン・サンペドロは、以来26年間、ベッドで寝たきりの生活を送っていた。彼の精神状態には問題がなく、ユーモアにあふれ、時には口にペンをくわえて自作の詩を記すこともある。だが彼は、「今の状態で生きることは尊厳がない、生きることがつらい」と言い、人生に終止符を打つことを決意。第三者の介助による尊厳死の権利を法律で認めてもらうため、裁判所に訴える。
彼を見守る周囲の目は温かい。献身的に介護する家族、友人、支援組織のジェネ、そして彼に惹かれる2人の女性、自身も難病に苦しむ女性弁護士フリアとシングルマザーのロサ。誰もが彼を大切に思っている。なかでもラモンの義姉マニュエラは、地味ながら大きな存在感を示す。彼女は出廷を躊躇するラモンに、「後に続く同じ権利を求める人のためにも行くべきだ」と促すが、これは彼の死が終わりではなく、未来につながることを予感させるシーンでもある。
傍から見ると彼は恵まれた状況にいるように見え、その頑なな態度に戸惑いを覚えるかもしれない。しかし、彼の抱える苦しみは深く、おそらく本人にしか分からない。また、たとえ同じ境遇にあっても、考え方は人それぞれだ。同じ四肢麻痺患者のフランシスコ神父は、職業上の立場から生きることの大切さを説き、「命の所有という考えは俗物的。それに尊厳死という言葉は詭弁で、自殺ではないのか」と意見を述べるが、そのキリスト教的な考え方はラモンにとって何の意味も持たない。
死は自由への扉となった
彼は想像の中で大空を舞う。最も美しい場面だ。開け放った窓から彼の魂が飛び立ち、故郷の美しい自然を眼下にとらえながら大海原へ。そこには愛するフリアの姿もある。しかし、その至福感はやがて儚く消えていく。
結局訴えは認められず、友人やロサの手を借りて「最後の計画」を実行することになる。映画では言及されていないが、実際にラモンの死を手助けした友人は警察の事情聴取を受けたという。
「生きることは権利のはずだが、自分には義務だった」という彼の言葉が、心に沈んだ。
前述のブリタニーさんに話を戻そう。彼女はカリフォルニア州から尊厳死が認められているオレゴン州に移り、最後の日々を過ごした。現在アメリカで尊厳死法が成立しているのは、オレゴン、ワシントン、モンタナ、バーモント、ニューメキシコの5州。ヨーロッパでは、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクで医師が自殺幇助できる安楽死法が可決されている。
なお、日本ではまだ尊厳死・安楽死とも法的に認められていない。この問題に関しては、今後も議論が続けられるだろう。だが法の成立はともかく、「何が正しいか」についての結論など出るはずがない。何よりもまず尊重されるべきは、「その命は誰のものか」ということではないだろうか。
※日本と欧米では尊厳死と安楽死の概念が異なる。日本では尊厳死は「患者本人の意思で延命措置を中止して死を迎えること」、安楽死は「患者の苦痛を長引かせないよう医師が薬物などを使い死期を早めること」とされている。一方、欧米では、尊厳死の概念の中に安楽死(医師が介助する死)も含まれる。
『海を飛ぶ夢』
2004年/スペイン/カラー/125分
監督:アレハンドロ・アメナーバル
製作総指揮:アレハンドロ・アメナーバル、フェルナンド・ボバイラ
脚本:アレハンドロ・アメナーバル、マテオ・ヒル
出演:ハビエル・バルデム、ベレン・ルエダ、ロラ・ドゥエニャス、クララ・セグラ、マベル・リベラ、セルソ・ブガーリョ、タマル・ノバス
(文=編集部)