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【シリーズ「傑物たちの生と死の真実」第31回】

奇跡の抗生物質「ペニシリン」の発見から90年! 発見者フレミングは「薬剤耐性菌」の出現を予見

フレミングによって「ペニシリン」が発見されてから90年(写真はwikipediaより)

 人類が生誕したのはいつか? 現生人類(ホモ・サピエンス)の先祖に当たる猿人から原人に進化したのは、およそ300万年前だ。

 以来、絶え間なく続いてきた人類と病原菌との苦闘。夥しい人命を奪ったペスト、チフス、コレラ、スペイン風邪、肺炎、梅毒、敗血症、破傷風などの感染症。何世紀もの間、人類はなすすべがなかった。

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 それは世界初の抗生物質「ペニシリン」という「神の使徒」に遭遇するまでは。アレクサンダー・フレミングが奇遇に恵まれるあの瞬間までは――。

奇跡の抗生物質「ペニシリン」の発見の伝説の数々

 19世紀後半、イギリスの外科医ジョゼフ・リスターが消毒薬のフェノール(石炭酸)を発見する。感染症の予防に威力を発揮する。しかしフェノールは、細菌と戦う白血球を破壊し、症状を悪化させる恐れが強い。

 「細胞に作用しない、しかも細菌だけを殺す物質はないだろうか?」――。フレミングの探究心は脳裏を駆け巡る。思い続ければ叶うのだろう。1922年、くしゃみが堪え切れなくなったフレミングの鼻水が、細菌を培養していたシャーレに飛ぶ。翌日、シャーレを見ると、鼻水の周囲だけは細菌が増殖していない。フレミングは、この殺菌成分が、涙、唾液、血清に含まれる分解酵素と推定し「リゾチーム」と名づける。

 だが、細菌学会は「リゾチーム発見」を無視する。というのも、リゾチームは「害のない細菌」を殺菌するだけで、病原性の高いチフス菌、連鎖球菌、肺炎球菌などに無力だったからだ。しかし、フレミングの確信は揺るがない。その後も細菌の培養に心酔し観察に没頭。リゾチームが持つ「抗菌作用」の発見は、やがて奇跡を呼び込む。

 リゾチーム発見から6年後。1928年9月の早朝。ロンドンのセントメアリー病院に勤める細菌学者フレミングは、いつもと同じジャケットを羽織り研究室に向かう。この夏は、ひと月ばかり家族とバカンスに出たおかげで、リフレッシュした気分。久々の仕事だった。研究室に着き、培養していた黄色ブドウ球菌の状態を観察しようとシャーレを見ると、訝しげな表情になる。何が起きたのだろう?

 栄養分を含んだ液を寒天で固めた寒天培地の表面に、病巣から採った液を塗りつければ、黄色ブドウ球菌は、2~3時間で増殖し、肉眼で見える丸い塊(コロニー)を作る。コロニーを採取すれば、黄色ブドウ球菌を純粋培養できる。だが、様々な雑菌が混入して繁殖すれば、汚染(コンタミネーション)が起きるため、純粋培養が妨げられる。

 この時もそうだった。黄色ブドウ球菌を培養していたシャーレに、どこからかアオカビの胞子が忍び込み、繁殖したらしい。しかし、アオカビが生えた周辺だけは、黄色ブドウ球菌が繁殖していない。フレミングの脳裏をリゾチーム発見の記憶が蘇る。

 「アオカビが黄色ブドウ球菌の繁殖を抑えている! この抗菌物質は何だろう? 感染症の治療に使えるかもしれない」

 フレミングは、このアオカビがペニシリウム属に属することから、未知の抗菌物質を「ペニシリン」と命名する。後年、何百万の人命を救う奇跡の妙薬になろうとは、想像すらできない。

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