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【連載第6回 死の真実が“生”を処方する】

異状死の解剖率はわずか11.1%!死因特定は「オートプシー・イメージング(Ai)」で可能か?

死因や犯罪性が誤判定された「犯罪死」は少なくない shutterstock

 わが国では、犯罪あるいはその疑いがある死体、さらには、死因が不明な死体などは「異状死」と呼ばれ、まずは警察に届けられます。そして、警察で検視が行われ、次のように分類されます。

①犯罪死体
②犯罪による死亡の疑いがある死体(変死体)
③非犯罪死体

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 犯罪死体(明かに犯罪による死亡)は「司法解剖」、「変死体」(犯罪の疑いがある死亡)は「司法検視」が行われ、必要に応じて司法解剖が行われます。そして、非犯罪死体は「行政解剖(死体見分)」が行われます。

異状死の解剖は11.1 %しか行われていない

 平成25年に警察に届けられた死体は16万9047体(交通関係、東日本大震災による死者を除く)。すべての中で「異状死」が占める割合は約12%(変死体2万339、犯罪死体514)にものぼります。警察官は人間の最期に臨場し、それがどのような死であるか大事な判断をしなければなりません。このような業務を担当していることに、敬意を表します。

 さて、検視で重要なのは、まず犯罪を見逃さないことです。第三者の手が加えられていないか、偽装がないか、事故であればどのような状況で死亡したかなどを、警察官の目から明らかにしなければなりません。

 詳しい死因は医学的知識を備えた医師でなければ判断できないので、医師による「死体検案」も行われます。東京23区、大阪市、神戸市では、監察医と呼ばれる専門の医師が死体検案を担当。それ以外の地域では、嘱託医などが担当して死因を決定します。

 死体検案は、主に外表検査のため、死因の決定には限界があります。本来ならば、司法解剖や承諾解剖(遺族の承諾を得て行う解剖)で正確な死因を究明すべき。ですが、わが国の解剖率は11.1%(平成24年)と低いのが現状です。

 死体検案では、死者の生前の状況、病歴、死体の所見(溢血点の発現など)などから死因が推定されますが、容易ではありません。そのため、少しでも正確な診断をするために、尿を採取して薬毒物のスクリーニング検査をしたり、脳や脊髄の周りに流れている液の性状を調べたりしています。

解剖をせずに「Ai」だけで死因を特定できるか?

 また、できるだけ死体に傷をつけずに体内の状態を調べるために「CT(コンピューター断層撮影)」が行われます。CTで得られる体を"輪切り"にしたような画像は、死因の特定には非常に有効です。このような検視は「オートプシー・イメージング(Autopsy Imaging=検死画像診断)」、略して「Ai(エーアイ)」といわれています。

 死因の決定は、根拠に基づかなければなりません。体内の状態を画像で確認できれば、外表検査に比べて格段に多くの情報が得られます。近年では、死亡が確認された異状死体にCT を行ったり、大学の法医学教室でCTよる死因の特定も行われています。

 死体が発見された現場の状況や、限られた死体所見に基づく医師の「勘」や「経験」に頼る時代から、大きく進歩しています。ただし、Aiは万能ではありません。

 たとえば、心筋梗塞や脳梗塞などは死亡後にCT で検出することは、ほぼ不可能です。死後は血流が止まっているので、生きている時のCT画像とは異なります。生きている場合、より正確な病気や怪我の程度が判断できますが、死体には血液中に造影剤を送り込めません。無理をすると病変部を破壊することもあり、死後のCT検査では臓器の損傷が検出できないことがあります。

 ある医師が、異状死体の死因について「Ai」と「解剖」の診断を比較したところ、診断が一致したケースは3割にも満たなかったそうです。

 考えてみれば私たちは、病気を明らかにするためにさまざまな検査を複合的に受けます。CTだけで診断できることが少ないからで、Aiに限界があるのは当然かもしれません。

 そもそも、Aiの有用性が叫ばれる背景には、わが国が抱える検視、検案、解剖体制の問題点があります。「自殺と処理された事案が他殺」「病死が実は中毒死」などの報道を耳にすることは少なくありません。

 警察庁の把握では、平成10年以降に発覚した犯罪死の見逃しは43例あり、そのうち38例は解剖を実施せず、検視と死体検案のみで死因や犯罪性が誤判定されていました。

 Aiを行えば、これらが解決されるとは思いません。また、いくらベテランの捜査員と専門の医師が担当しても、限られた情報と経験だけに頼ることには限界があります。まずは、疑って根拠に基づく判断をし、根拠が乏しければ積極的に検査(薬毒物や画像の検査など)を行うことが重要です。

 しかし、解剖検査に優るものはありません。警察の皆さんにも安心して頼っていただけるように、法医解剖を担当する者が門戸を広げる必要があると痛感しています。



一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士過程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。

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