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【連載第1回 これから起きる“内部被ばく”の真実を覆う、放射能の「安心神話」】

放射能の光と影、政府のデタラメな対応で健康被害の問題は置き去りに

福島原発の事故は放射線の「影」と「裏」の世界を日本に突きつけた shutterstock 

 2011年3月11日は日本にとって歴史的な日となりました。地震と津波と原発事故という三重の悲劇を日本にもたらし、戦後最大の危機と試練に向き合うことになったからです。

 原発事故による放射性物質が健康にどのような影響を及ぼし、今後どのような健康障害として現れてくるのか、私たちはそれにどのようにして向き合うべきなのか、福島県の住民だけの問題としてではなく、全国民の問題として考えていきたいと思います。

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「安全神話」「安心神話」へのすり替え

 私は、地方のがんセンターの臨床医として、40年間、放射線を用いたがん治療に従事してきましたが、その業務は放射線の有効利用を追求してきたものです。

 しかし、なにごとにも「光と影」があり「表と裏」があるものです。東京電力・福島第一原子力発電所の事故は、放射線の「影」と「裏」の世界と向き合わなければならない状況を日本社会に突きつけましたが、政府を含めて「原子力ムラ」という利益集団に関わってきた人、そして組織の対応は醜いほど極めてデタラメで、その状況は現在も続いています。

 その背景には、エネルギー資源の乏しい日本の現実を逆手に取り、原子力の平和利用という名目で、経済成長のためのエネルギー政策として原子力発電を行い、同時に作り出された核物質を利用した核兵器の製造を可能にするという国家戦略的な問題が絡んでいます。

 21世紀に入ってからの放射線治療の照射技術の進歩は著しく、放射線の医学利用という「表」の世界は加速度的に進化しています。しかし一方で、放射線による健康被害という「影」の世界は、広島・長崎の原爆投下によるデータを基にした「疑似科学」によって支配され、研究の進歩が止まっています。放射性核生成物による不都合な健康被害に関しては研究もせず、また研究もさせない姿勢で推移しているのです。

 福島原発事故後の対応もこうしたレールに乗って進められています。破綻した原発の「安全神話」は、100ミリシーベルト以下の被ばくならば過剰発がんは心配ないとする「安心神話」にすり替えられ、汚染地域への帰還を促しています。また、原発再稼働の審査においても「安全基準」から「規制基準」へと言葉を変えて再稼働を進めようとしています。

 さらに、原発輸出にも積極的で、日本でも処理の目途が立っていないにもかかわらず、売り込んだ原発の放射線廃棄物は日本が全部引き受けるとか、原発稼働の費用も税金から融資し、原発事故が起きたら日本の税金で補償するという密約を交わして、世界中に放射線物質を撒き散らそうとしています。

「法治国家」ならぬ「放痴国家」の現状

 しかし、一般国民も深刻な原発事故による日本の危機に無頓着で、マスコミ報道の鎮静化とともに関心は風化してきました。そして日本という国は、放射線量が年間20ミリシーベルトの地域にまで国民を住まわせるために、退避していた人々を帰還させようとする、「法治国家」ならぬ「放痴国家」となっています。

 原発稼働にともなう緊急時の被ばく医療対策は、東海村JCO臨界事故の教訓を踏まえて、2000年6月に「原子力災害対策特別措置法」が施行され、事故時の初期対応の迅速化、国と都道府県および市町村の連携確保等、防災対策の強化・充実が図られてきたはずでした。

 しかし、現実の対応は犯罪的ともいえるほど杜撰でデタラメなもので、さらに情報の隠蔽も行われました。そして健康被害の問題は置き去りにされ、地域経済の復興だけが目指され、帰還が促されているのです。

西尾正道(にしお まさみち)

函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。卒後、独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター(旧国立札幌病院)で39年間がんの放射線治療に従事。2013年4月より北海道がんセンター名誉院長、北海道医薬専門学校学校長,北海道厚生局臨床研修審査専門員。著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会),『がんの放射線治療』(日本評論社),『放射線治療医の本音‐がん患者2 万人と向き合って-(NHK 出版)、『今,本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会),『放射線健康障害の真実』(旬報社)、『正直ながんのはなし』(旬報社)、『被ばく列島』(小出裕章との共著、角川学芸出版)、『がんは放射線でここまで治る』(市民のためのがん治療の会)、その他、医学領域の専門学術著書・論文多数。

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