『余命90分の男』2014年/アメリカ/カラー/84分監督:フィル・アルデン・ロビンソン脚本:ダニエル・タブリッツ 出演:ロビン・ウィリアムズ、ミラ・クニス、ピーター・ディンクレイジ、メリッサ・レオ 配給:「余命90分の男」上映委員会© 2013, AMIB Productions, Inc. All rights reserved.2015年1月12日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開 【未体験ゾーンの映画たち2015】上映作品
稀代のコメディアン・俳優であるロビン・ウィリアムズの訃報が世界を駆け巡ったのは、2014年8月11日のことだった。死因は首つりによる窒息死。若いころはドラッグやアルコールにはまり、近年は重度のうつ病を患っていたという。
そんな彼の最後の主演作は、皮肉にも「余命残りわずか」と宣告された男の話。残された時間の中で失われた家族との絆を取り戻したいと願い奔走する姿を、笑いと涙で綴った心温まるドラマだ。
[an error occurred while processing this directive]嘘の余命宣告が家族再生へと導く
この物語の中心人物は、誰にでもすぐ怒りを爆発させ、家族にまで愛想を尽かされている癇癪持ちの男ヘンリー(ロビン・ウィリアムズ)と、時間に追われ、医者になったころの理想を忘れかけている若い女医のシャロン(ミラ・クニス)。
主治医ではない彼女がヘンリーを診察したことで、悲喜劇の幕が上がる。わめき散らすこのモンスター・ペイシェントに耐えかねたシャロンは、思わず「大きな脳動脈瘤がある」と口を滑らせ、さらに「余命はあと90分」と出まかせを言ってしまう。ショックを受けたヘンリーは病院を飛び出し、我に返った彼女はその後を追う。
ヘンリーにはすでに脳の動脈壁から出血があり、深刻な病状にあることは確かだが、そうした状況を笑いに転化させているのがシャロンの言動だ。「余命90分」という非現実的な宣告をしたり、意地の悪いタクシー運転手から車を奪ったり、警官をだましたり。コメディエンヌとしての評価も高いミラ・クニスのセンスが光る。一方、ヘンリーは、スイス人精神科医キューブラー=ロスが提唱した"否認""怒り""取引""抑うつ""受容"という5つの死の受容過程のうち、いくつかの段階を駆け足で経験しながら、家族と仲直りしようと画策する。
彼が人生でやり残したことは、離れてしまった家族の心を取り戻すこと。それまでの傍若無人な態度を悔いて心を入れ替えようとする様子は、『クリスマス・キャロル』のスクルージにも似ている。
実は彼はもともと家族思いの優しい人間だったが、2年前のある悲しい出来事をきっかけに人が変わってしまったのだ。だが、その後2年間の行いがひどすぎたのか、なかなか家族は受け入れてくれない。焦ってドタバタする彼の姿は滑稽であり、また、幸せだった頃の回想にふける表情は涙を誘う。
悔いなく人生を終えるために
作品のテーマは、残された時間を何に使うか、幸福を取り戻せるのかということだ。「余命を宣告されたら何をしたいか?」という問いに、「家族や親しい友人と過ごしたい」「旅行に行きたい」「趣味に時間を費やしたい」と回答する人が多いというが、納得して一生を終えることは、人生の最終目的といってもよい。
余命告知を巡っては賛否両論があり、非常に難しい問題だが、本人に受け入れる覚悟さえあれば、生きているうちにやり残したことができる可能性は極めて高くなるのではないだろうか。
ヘンリーが絶望して橋から飛び降りるシーンでは、「人生は一瞬一瞬が貴重でかけがえのないもので、喜びと驚きに満ちていることがわかった」というナレーションが入る。「命は無限ではない」ということを気づかせてくれる言葉だ。このフレーズが、演じていた本人にどう響いたのか、今となっては知る由もない。
ロビン・ウィリアムズが1980年に映画デビューをして30年余り。コミックやおとぎ話の登場人物から、医師や教師、歴史上の人物、犯罪者までさまざまな役柄になりきり、観客を楽しませてくれた。なかでも、本作のようなユーモアの中に哀愁を滲ませる役は逸品だった。
彼がスクリーンに残した人懐こい柔和な笑顔は、きっとこれからも忘れ去られることはないだろう。
(文=編集部)