7月29日は上杉和也の命日(画像はコミックス版『タッチ』の1〜2巻)
その出来事やドラマの顛末(=連載号の発売日)が、どこまで現実の日めくりと並走していたのかの記憶はない。しかし、読者の誰もが想定外の急展開を一読した際のアノ衝撃度は、35年以上の歳月が過ぎた今も忘れない。
そんな、あの頃の漫画少年が全国津々浦々にいるだろう。いや、コミックやアニメ版の後追い読者・鑑賞者たちも、その場面展開から受けた衝撃度においては一緒だろう。そして今年もまた、あの7月29日、上杉和也の命日がやってくる――。
[an error occurred while processing this directive]『タッチ』は野球漫画の不朽の名作かつ金字塔
上杉達也(愛称:たっちゃん)と上杉和也(愛称:かっちゃん)は双子の兄弟。そして隣家に住む可憐な女子高生の朝倉南は2人の幼なじみ。高校野球ならではのハラハラドキドキ劇を通奏低音に、そんな3人の思春期特有の三角模様(ラブコメ要素)を絡ませて、いまでも「野球漫画の不朽の名作かつ金字塔」と称賛される『タッチ』。
あだち充氏のペンによる『タッチ』は、小学館の週刊少年サンデー誌上に1981~1986年にわたって連載され、当時の甲子園球児らを筆頭に10代読者の多感なハートを鷲掴みにした。
しかし、そのありえない青天霹靂な仕掛けは、3人の恋愛模様がいよいよ読者間に浸透し、これからが愉しみというかなり初期の段階(コミック版で7巻目)で唐突に載せられた。
幼なじみで野球部マネージャーのヒロイン・南が抱く「甲子園に連れて行ってほしい」という夢を実現すべく、夏期予選を勝ち抜いて地区決勝まで投げぬいてきた明青学園野球部エースの上杉和也。
しかし、肝心要の7月29日朝、いつもどおり自宅を出たエースは、決勝戦のマウンドに現われることはなかった。
編集長は「(死なす)ならば載せないぞ」と念押し
球場に向かう途上、トラックに轢かれそうな子供を庇って身を投じた和也は緊急搬送されたが、あろうことか、呆気なく「帰らぬ人」となっていたのだ。
その真相が予感される前回(①)のタイトルが「ピッチャー、黒木くんの巻」、そして南が件の病院を訪れる回(②)が「試合がおわったらの巻」、和也のおだやかな死に顔と彼女が対面する回(③)は「ウソみたいだろの巻」と題されている……。
当時の編集長は上記①を一読後、連載担当者を呼んで「まさか死ぬんじゃないよな?」と問い詰め、「(死なす)ならば載せないぞ」と念押ししたという。が、件の担当者は(もはや直しの利かない状態の)校了紙を編集長デスクにそっと置くと、それから2日間は行方をくらます挙に出たという。
そんな和也の突然死をめぐる掲載秘話や、それは作者のあだち充氏な胸中で連載当初からの「決め事」だった点、なぜならば『タッチ』とは「バトンタッチ」の意味なのだから――という意外な裏側を明かしたのはつい数年前のこと。
それにしても恋愛模様も大会進出劇もいよいよこれから! と、読者のワクワク感を盛り上げた最初のクライマックス期にいきなり主人公級の相方を消してしまうという衝撃の筋書き。
爆笑問題・田中裕二氏の言葉を借りれば「漫画史の中でも最大の一つの大きな出来事」であり、相方の太田光氏も「あだち先生のあの雰囲気の漫画であれはないよな」と驚愕した読者の一人だった。
ところで現実社会でも今日、葬儀社への遺体処置で一番多いのが交通事故死の案件だという。損傷の激しさから湯灌(ゆかん)不可能な例も多く、事故車炎上となれば顔も黒焦げ状態で(マスクで半分隠せるレベルならばまだしも)いわゆるミイラ状の包帯グルグル巻きが余儀なくされる。