「蛍の光」で泣いてしまうのはなぜ?(depositphotos.com)
弥生3月といえば、卒業・卒園式の季節――。「卒業ソング」の定番は、時代によって変遷があるが、かつては「蛍の光」や「仰げば尊し」、最近では「旅立ちの日に」だろうか。
社会人になってかなりの時が経っても、卒業ソングの定番「蛍の光」を口ずさむだけで、郷愁が募り、涙腺が緩むことがある。なぜ涙腺が緩むのか? いくつかの視点から、その深層心理を探ってみよう。
[an error occurred while processing this directive]涙は90%の水分、アルブミン、グロブリン、リゾチーム、リン酸塩
涙の正体は涙腺から流れる弱アルカリ性の液体だ。およそ90%が水分で、タンパク質のアルブミン、グロブリン、リゾチーム、リン酸塩が含まれる。「雀の涙」というだけに、分泌量は1日平均2~3ccと微量だ。
どうやら涙は、気まぐれのようだ――。角膜や結膜を潤おす生理的な涙もあれば、玉ねぎに泣かされる涙もある。悲しい時、嬉しい時、悔しい時に溢れる感涙(エモーショナル・ティア)もある。ちなみに、生理的な涙はアルブミンやリン酸塩が薄いのでサラサラしているが、悲しい時の涙はアルブミンやリン酸塩が濃いので塩(しょ)っぱい。
さて、なぜ「卒業ソング」の定番「蛍の光」は泣けるのか? 結論を急げば、そのワケは「蛍の光」の五音音階(ヨナ抜き長音階=ペンタトニックスケール)にある。ヨナ抜き長音階は、ド・レ・ミ・ソ・ラ。ドから4番目(ヨ)のファの音と、7番目(ナ)のシの音がない五音音階だ。
ためしに「蛍の光」の楽譜を見てみて欲しい。すべてド・レ・ミ・ソ・ラで構成されている。ヨナ抜き長音階の曲は多い(一部に「ファ」と「シ」が入る曲もある)。「仰げば尊し」「ふるさと」「赤とんぼ」、歌謡曲でも「いい日旅立ち」(山口百恵)、「昴」(谷村新司)、「春よ、来い 」(松任谷由実)「さくら」 (森山直太朗)……。
ヨナ抜き長音階の曲は、なぜ泣けるのか? そのヒミツは、ヨナ抜き長音階を聴くと流れる感涙(エモーショナル・ティア)の成分にある。
「ヨナ抜き音階」がカルタシス(精神浄化)に誘う
ド・レ・ミ・ソ・ラを聴いた瞬間、下垂体前葉は副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を分泌するため、副腎皮質からステロイドホルモン(コルチゾール)などの抗ストレス・ホルモン、不安や苦痛を和らげる神経伝s達物質(ロイシン・エンケファリン)、プロラクチン分泌細胞から生殖に関わるプロラクチンなどが放出される。
これらの化学物質が大量に放出されると、エモーショナル・ティアが体外に排出されると同時に、脳内麻薬のβエンドルフィンやドーパミンが急増するので、心身のストレスが発散され、安心感や爽快感に包まれる。映画を見終わった直後に感じる、あのカルタシス(精神浄化)と同じ感覚だ。
つまり、歌って泣けば泣くほど、脳はオーバーフローした感情を処理しきれないため、これらの化学物質をエモーショナル・ティアに変換して一気に放出する。その帰結として、心が晴れわたり、カルタシス(精神浄化)が深まるので、心身のデトックスが促されるとともに、ホメオスタシス(生体恒常性)がリセットされ、自律神経のバランスが整えられる。
言い換えれば、ヨナ抜き長音階を歌ったり、聴いたりしている時は、背側線条体や腹側線条体などの中脳辺縁系が活性化するので、深い感動や鮮烈な歓喜が与えられる。これが「感動報酬系効果」または「歓喜報酬系効果」だ。