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【中村祐輔のシカゴ便り7】

頭が下がるイチロー選手3000本安打への努力の積み重ねと陛下のお気持ち

努力の人イチロー選手 (shutterstock.com)

 イチロー選手がついに3000本安打を達成した。この2週間ほどの生みの苦しみ、ニュースを見るたびに、私にも重圧が伝わってくるような感じだった。そして、結果は、記録に残る3塁打だった。マーリンズの選手がイチロー選手の周りに集まり、観客が総立ちで祝福している姿は感動的だった。

 そして、イチロー選手がヘルメットを掲げて観客にお礼をしていたが、その髪に白いものが目立っているのを見て、目がうるっとしてしまった。年齢だけでなく、人には言えないような苦労・苦悩が白髪に映し出されているのだろうと思いをはせると、涙腺が緩んできてしまったようだ。

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研究者にとっての安打は研究論文

 最近の彼に関する記事で特徴的なのが、野球に真摯に向き合う姿勢・たゆまなき努力に対する賞賛である。イチロー選手が尊敬する元ヤンキースのジーター選手も、イチロー選手の日々の努力を褒め称えていた。ニューヨーク・タイムズでも、かなり長文の記事が掲載されていたのはうれしいことだ。

 2001年にイチロー選手が大リーグに移籍した際、多くの人が、他の大リーガーと比して小柄な体格のイチロー選手に不安を持った。しかし、1年目から、その不安を完全に払拭する形で活躍を続けてきた。確かに3000本という数字は素晴らしいが、私は、メディアを通して伝わってくるイチロー選手の不断の努力に、もっとも敬意を払いたい。
 
 毎日、儀式のようにルーチンの作業をしてから試合に臨むようだが、これは簡単なようでなかなか難しい。多くの選手が、体のどこかを痛め、30歳台で引退を余儀なくされる中で、日々の精進を重ね、体調を管理し、20歳代とほとんど変わりないスピードで走り、強肩を維持しているのは驚異的なことだ。

 3000本の背後にある、行者のような近寄りがたい姿こそ、イチロー選手のすごいところだと思う。

 この3000本という数字を、われわれ研究者にたとえるなら、さしずめ、論文数と言ったところか? ヒットと同じで、論文にも、バントヒット、内野安打、単打、二塁打、三塁打、本塁打、満塁本塁打がある。満塁本塁打は、ScienceやNature誌への論文発表だろう。

 本塁打でなければ、論文に値しないと豪語する研究者もいるが、本塁打は1点しか得点できないが、単打4本続ければ、1点の得点に、満塁というチャンスが残る。

 常に攻撃し、得点し続けなければ、がんという敵にはなかなか勝てない。研究は一つの論文で終わるのではなく、継続的なものであり、私にとっての研究は患者さんに希望を与え、幸せにすることだ。バントヒットでも何でもいいので、それらを積み重ね、がんという敵を叩きのめすまで頑張り通すしかない。

 私も、東京大学に移った頃は、月曜から土曜までは、毎朝5時30分に家を出て午後9時前後に帰宅、日曜日は半日だけ出勤というルーチンを1年間364日(元旦だけは例外)続けてきたが、40歳後半あたりから体力も、気持ちも続かなくなってきた。

 自分を律するのは、簡単ではない。イチロー選手が、大リーグに移って16年、オリックスに在籍していた頃から数えると20数年、このような努力を続けてきたことを改めて偉大だと思う。

 最近の若者たちは、何かを犠牲にしても、自分の人生の目標を追い求めることがなくなったが、イチロー選手の達成した数字だけでなく、その人生哲学から何かを感じ取ってもらいたいと願っている。

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