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【シリーズ「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」第6回】

卑猥なことや口汚いことを言わずにはいられない! 謎のベールに閉ざされた「トゥレット症候群」

トゥレット症候群とは?(shutterstock.com)

 ジョルジュ・アルベール・エドゥアール・ブリュチュス・ジル・ド・ラ・トゥレット症候群――。

 俗に「トゥレット障害」や「トゥレット症候群」と呼ばれるこの病気の正式名称を、もし舌を噛まずに言えても、この病気の患者は決してあなたを褒めたりしない。それどころか、「死ね、このバカ! クソッタレ!」などと口汚く罵り、猥褻な言葉をわめき散らすかもしれない……。

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 1857年、フランス西部のサン・ジェルベ・レトロワ・クロシエ村に生まれたジョルジュ・アルベール・エドゥアール・ブリュチュス・ジル・ド・ラ・トゥレットは、落ち着きのない多動児だったが、飛び級するほどの早熟の秀才でもあった。

 16歳でポワチエ大学医学部に入り、医師試験に合格。演劇評論も書くなどの多才だったが、短気で気まぐれで口喧嘩ばかり。しゃがれた甲高い大声でまくしたてては、周りを閉口させた。

 1885年に世界に先駆けてフランス精神医学会でヒステリーと催眠法などの症例報告をした時は、パリのサルペトリエール病院精神科に勤める28歳の青年医師にすぎなかった。

 ジョルジュ・アルベール・エドゥアール・ブリュチュス・ジル・ド・ラ・トゥレット症候群という長ったらしい病名に嫌気が差したのは、患者だけではない。米国精神医学会(APA)が決めた診断基準DSM-IV-TRや国際疾病分類第10版(ICD-10)は、単に「トゥレット障害」とか「トゥレット症候群」とあっさりショートカットしてしまった。

 誰しも不運な年はある――。

 1893年、『ヒステリーの臨床的・治療的研究』を完成させた36歳の時だった。薫陶を受けていた恩師が急死。愛息が髄膜炎で夭逝。さらに厄災が降りかかる。全身黒ずくめの患者、ローズ・カンペールが、「私の身を滅ぼしたね!」と叫ぶなり、自分自身にピストルを3発も撃ち込む。

 「腹の虫が収まったわ」と言う彼女は、誇大妄想に悩み、重いヒステリーに苦しんでいた。一命は取り留めたが、トゥレットのショックは終生消えなかった。

 44歳の時、梅毒感染の末期症状から精神障害に陥る。トゥレット症候群の患者と変わらない奇怪な行動に走ったり、突然叫んだりするチック症状を呈するまで悪化する。スイスのセリー精神病院で静養するが、強烈な躁状態になると、食堂のメニューを盗む、1500フラン(16万5000円)もするステッキを買うなどの奇行が絶えなくなった。

 冷たい病床で2年の歳月が空しく過ぎ去る。精神病を治すべき精神科医が「ミイラ取りがミイラ取りになった」ように病状は重篤化。やがて半狂乱に近い病態のまま1904年に息を引き取る。精神神経疾患と自らも死闘した「超変人トゥレット先生」、46歳の早逝だった。

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