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【シリーズ「あの人はなぜ死に急いだのか?スターたちの死の真相!」第12回】

堀江しのぶ「スキルス性胃がん」卵巣転移のため23歳で夭折した巨乳アイドルのさきがけ

画像は写真集『堀江しのぶ 穏やかな時』(スコラ)より

 恐れを知らない。無謀で向こう見ず。それが若さの逞しさであり、脆さでもある……。だが、寝首を掻かれるような、まさかの早逝。その死が最愛の女性の美しさの絶頂期ならどうだろう? 迸る青春の瑞々しい生命を冒涜するように、悲報が突如降りかかったならどうだろう? 神も仏もない! と嘆息号泣するにちがいない。ましてや、嘆息する暇すら与えないほど危急に唐突に情け容赦なく「23歳の別れ」が訪れたなら……。

 1988(昭和63)年9月13日午前4時28分、堀江しのぶは、スキルス性胃がんの卵巣転移のため急逝。享年23。長くも険しい人生の道程に、ほんの数歩、恐る恐る小さな足を踏み込んだにすぎないほどの若さだ。

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23歳の誕生日から26日後、「スキルス性胃がん」が卵巣に転移した末期がんで早逝

 22歳を迎えた頃、堀江は「もう少し細くなりたい」とダイエットを試みる。間もなく原因不明の腹痛、食欲不振が続く。ダイエットの影響だろうか? 体調不良が収まらない。

 4月8日、東京都内の病院を往診。卵巣のう腫の診断。翌9日に緊急入院。だが内実は「スキルス性胃がん」が卵巣に転移した「末期がん」の病態だった。胃壁全体が硬くなり、胃が過度に収縮し、悲鳴を上げている。しかも、6リットルもの腹水が溜まる「がん性腹膜炎」も併発。医師団は眉を曇らせつつも、がんの進行度は最悪のステージ4(5年生存率10%)、余命2か月の冷酷な診断。一部の週刊誌が堀江の重病をスキャンダラスに書き立てる。

 堀江の病状を慮ってなのか、落胆した家族への配慮なのか、5月に地元の中京病院(名古屋市南区)への転院が許される。晴れれば、母親といそいそと買い物に出る日も。しかし、病魔は、慈悲の片鱗を片時も見せない。猛暑の盆明けの8月18日、23歳の誕生日を病室で迎える。やさしく庇う母を見つめる娘。苦悶に耐えに耐えながら気丈に微笑むだけ。全身が重くベッドからとても起き上がれない。見舞人もさし控える。

 ほどなく容体が急変。誕生日からわずか26日後、絶命する。病名を堀江は知らない。戒名は「麗光貞忍大姉」。忍の一字が悲しげな音色を響かせる。

 つい4ヶ月前までは、誰もが羨むほどに、キラ星のように艶やかに燦然と輝いて生きている。若すぎる堀江に似つかわしくないが、鬼の霍乱(かくらん)。天を仰ぐほかない余りにも不本意な急死。惜しみ尽くせいないほどの薄命だった。

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