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【中村祐輔のシカゴ便り6】

いまさら抗がん剤の値段の高さに驚くメディアと医薬品貿易赤字を解消できない日本

高額な抗がん剤は本当に効果があるのか?(shutterstock.com)

 産経新聞に「1剤が国を滅ぼす」高額がん治療薬の衝撃 年齢制限求む医師に「政権がもたない」という記事が出ていた。

 最後には「だが、効果の有無が事前に分からない以上、オプジーボに望みを託す患者を選別することは難しい。その薬価は、患者すべての期待に応えるにはあまりに高額だ。」と結ばれていた。

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抗がん剤開発で大きな後れを取っている日本

 この記事は、免疫チェックポイント阻害剤オプジーボを例に「がんの医療費」が高騰している状況をもとに、医療保険制度が大変だという状況を伝えているという観点では評価できる。

 しかし、今ごろ衝撃を受けているようでは、審判がスリーアウトといって守備側がいなくなってから、バットを振っているようなものだ。高額な抗がん剤は、分子標的治療薬が開発された15年位前から、大きな課題だ。今さら、衝撃的と言われる方が、衝撃的だ。そして、問題の捉え方が一面的であり、全体像の把握がされていない。

(1)まず、薬剤費が高騰している理由がどこのあるのかという考察が全くない。

(2)1年間継続すると薬剤費に3500万円という試算をもとに問題を指摘しているが、現実的に1年間投与を続けている例など非常に限定的だ。

(3)また、高額な治療費が、その効果に対して妥当なのかどうかという観点もない。

(4)さらに、最後のコメントの「患者を選別することは難しい」というのも、科学を理解していない。「高額療養費制度を見直し、国民皆保険のない米国のように患者に自己負担を強いて、金がなければ高い薬を使えないようにするか、はたまた、例えば75歳以上はオプジーボを使えないように年齢制限するか」というコメントなど噴飯ものだ。医療政策を政争に持ち込む前に、することはいくらでもある。

 一つ目の問題についてだが、日本の医薬品貿易赤字額が2000年以降急増し、2015年度は約2.5兆円になっている。日本の医薬品開発力、特に、がん分子標的治療薬の開発が極端に遅れていることが大きな要因の一つだ。したがって、完全な売り手優位で薬剤費が決められている。

 日本の中で開発されたものであれば、日本人の美意識で、ここまで乱暴な価格になっていないと思う。また、たとえ、高額でも、日本の中でお金が回っていれば(そして、ケイマン諸島に本社がなければ)、税金という形で国に還元されているはずだ。

 3番目の問題については、明らかに有効率や長期生存の割合が、これまでの抗がん剤や分子標的治療薬に比べて高いので、対費用効果の評価が必要だ。

 そして、4番目の課題については、きっちりとした研究をすれば、必ず、選別法は見つかる。効果の期待できる20-30%の患者を科学的に選別すればいいのだ。

 この薬剤が年間1兆円利用されれば、おそらく7000億円程度は全くの無駄になる。この無駄を防ぐために、一気に100億円くらい国の予算をつければいいのだ。こんな簡単な損得勘定さえ、今の日本の研究制度の中ではできないのが現実だ。

 ジカ熱を封じ込めるために米国は1000億円の予算で対応しようとしている。被害が拡大した時の費用を考えれば当然だ。日本の医薬品開発は決定的に遅れているが、これにみみっちい予算をつけて対応し、結局は無駄にしている。

 2兆円の貿易赤字が10年続けば、日本から20兆円の富が流失していく。10年で1兆円くらいの予算をつけて、この流れを断ち切ればいいのだ。しかし、10-20年間の長期的なビジョンで国家戦略を練ることができないので「Too little, too late」を繰り返している。

 中国に病院を展開するとの記事を目にしたが、根本的な視点が欠落している。日本国内の危機的状況を無視して、病院を産業的な視点でとらえての発想だと思うが、あまりにも現状分析を怠っている。

 と私が頭に血を上らせていても何も変わらないとは理解しているが、永田町、霞が関の動き、そして、相変わらずのメディアの論調にも何とかならないものかと腹立たしい。

※『中村祐輔のシカゴ便り』(http://yusukenakamura.hatenablog.com/)2016/0427より転載

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