連載第16回 遺伝子検査は本当に未来を幸福にするのか?

寿命を100歳に延ばせるか? Google の新たなチャレンジは不老不死の研究だった!

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arthur.levinson.jpg医療ベンチャーCalicoのアーサー・D・レビンソンCEO(最高経営責任者)。同社のHPより。

 「我が国は目標の達成に全力を傾ける。1960年代が終わる前に、月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させるという目標である」――。およそ半世紀前、未知のフロンティア、月世界旅行への夢を人類に語りかけたのは、時のアメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディだ。

 「moonshot(ムーンショット)だ! 勘弁してくれ」。アメリカ人は、ジョークをよく飛ばす。月面へのロケット打上げ。1960年代には、荒唐無稽、奇想天外な夢物語だった。しかし、1969年7月20日、アポロ11号の船長ニール・アームストロングと操縦士エドウィン・オルドリンは、月面を歩いた。moonshotは、未来に衝撃をもたらす空前絶後のチャレンジになった。

人間は何歳まで生きられるか? がんは克服できるか?

  Google がムーンショットしたのは、なんと不老不死の研究。2013年9月18日、Googleは、老化と病気に取り組む医療ベンチャーCalico(キャリコ)を旗揚げした。CEO(最高経営責任者)はアーサー・D・レビンソン氏。Appleのほか、遺伝子工学の先端企業ジェネテック、スイスの製薬会社エフ・ホフマン・ラ・ロシュの会長職を次々と歴任した立志伝中の経営者だ。

 レビンソンCEOは、ワシントン大学で理学士号を、プリンストン大学で生化学博士号をそれぞれ取得後、1980年にジェネテックに入社。2011年11月に他界したスティーブ・ジョブズ氏の後釜としてApple会長に着任した。「私は人生の多くを科学技術に捧げ、人間の健康増進を目標としてきた。ラリー・ペイジ氏の桁外れの勇気と情熱に啓発された」と大役を買って出た。

 Calicoは「California Life Company」の略だ。人間がより幸せに長く生きられることをミッションに掲げつつ、Googleの大規模なクラウドと先進のデータマイニングを駆使するデータセンターをバックボーンにして、老化と病気の原因を探る研究に取り組む。データマイニングとは、統計学、パターン認識、人工知能などのデータ解析技法を大量のデータに適用し、データベースから有用性の高い知識やノウハウを探求する先進テクノロジーだ。

 「老化や病気は、私たちの家族すべてに影響を与える。Calicoは、老化に伴う運動能力や精神的な敏捷性の低下の改善から、肉体的・感情的な苦痛を強いる難病の克服までがテーマだ。大規模かつ長期的にヘルスケアやバイオテクノロジーに挑戦していく。このプロジェクトは、Googleの他の事業とあまりにもかけ離れている。だが、数百万人もの人生をより良いもの変えられると信じている」。Googleのラリー・ペイジCEOは、立ち上げの意気込みを熱く語った。

 「あまりにも多くの友人や家族が早世する。レビンソン氏は、Calicoの老化と病気に取り組むというミッションを率いる最適な人物だろう。将来、一体どんなことが起こるのか胸が高鳴る」。Appleのティム・クックCEOも、期待を弾ませた。ITビジネスの巨人Googleが、happy society(幸福な社会)の実現に向けて胎動して、早や1年数ヶ月が経った。

寿命を100歳に延ばせるか? 不老不死への前人未踏のチャレンジ

 2014年9月、Calicoは、世界有数のバイオ医薬品メーカーAbbVie(アッヴィ)と15億ドル(約1500億円)を共同出資してゲノム研究所を開設。老化と関わりのある神経変性やがんの研究事業と治療薬の開発・販売事業を融合した。Calicoは、最初の5年間は創薬、10年間は第2相試験に取り組む。AbbVieは、Calicoの研究・開発をサポートし、第2相試験の完了後に新薬の開発・販売を一気に進めるという。

 今年2月、AbbVieは、日本の厚生労働省にC型肝炎抗ウイルス剤の製造販売承認を申請している。3月には、抗悪性腫瘍剤イブルチニブの販売権を獲得し、アルツハイマー型認知症や神経変性疾患の治療ライセンス契約を米国の大手製薬企業と取り結ぶなど、Calicoのベンチャー事業はにわかに熱気を帯びてきた。

 ペイジCEOは、「実を結ぶのに10年か20年はかかる。難病の治療法の開発は、天文学的な投資コストも投入する人的リソースもビッグだ。国の施策も強くからむ。しかし、我々には、20歳の人の寿命を100歳に延ばすという明確な目標がある」と胸を張る。雲をつかむようギャンブルだとか、mad science (気違い科学)だとか、巷は騒ぐが、ペイジCEOには勝算が見えているのだろう。

 「がんを撲滅して平均寿命を3年延ばすのは可能だ。病気も、世界中の深刻な問題も、正しいアルゴリズム(問題を解く手順)を見つければ、正解が得られる。Googleにとっては、眼鏡のコンピュータ化も自動車運転の無人化も、がんや老化の抑止も、アルゴリズムの実装が基本テーマだ。正しいターゲットだけを撃ち落としていけば、10年か20年後に、寿命100歳のムーンショットは実現しているだろう」とペイジCEO。

 がんやパーキンソン病などの難病を完治させる。老化のテンポをスローダウンする。平均寿命を100歳に引き延ばす。企業評価額3000億ドルのGoogleがCalicoに10億ドルを投資して始めた不老不死とがん克服のソリューション・ビジネス。前人未踏のムーンショットになるのか、絵空事で終わるのか?

 ちなみに、GoogleにGoogle Xという開発部門がある。自動運転カーや気球式インターネット網、グーグル・グラスなどは、ムーンショットな(途方もない)プロジェクトと揶揄されてきた。しかし、いかに人をインスパイアし、時代を奮い立たせるか。いかにあふれるほどの斬新なイマジネーションを抱かせるか。それこそが、Googleという巨人の真骨頂だ。不老不死は古今東西、万人の野望であり、人類の悲願かもしれない。Calicoの向こう見ずだが、果敢なチャレンジに拍手を送ろう。

 今回は、ムーンショットな(途方もない)夢を追いつつ、不老不死の研究に明け暮れる医療ベンチャーCalicoの躍進ぶりを取り上げた。次回は、ポストゲノム時代に立ち現れたゲノム資本主義にちなむエピソードを紹介しよう。

佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。
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