次に主な理論について見ていこう。漢方は中医学の『傷寒雑病論』から生まれている点や、中医学の陰陽、五行、気血、臓腑などの理論が一致している。しかし、漢方には日本風土の実情に合わせて変更が加えられている。日本は島国であり、梅雨が長く湿気も多い。水湿(体の水分が溜まっている状態)は体の生理、病理の変化に強く与える。そのため漢方は独自の「気血水」の理論を生み出し、臨床では日本風土の実情に合う治療が徐々に広がっていった。しかし、中医学の「気血津液」の理論とは顕著に区別されるものだ。
共通性と独自性が交錯する漢方と中医学
実際の臨床診療について見てみよう。漢方は中医学と同じく四診法(望診、問診、聞診、切診)を重視する。皮膚の色・顔色、目の色、舌の状態などを診る「望診」、体臭・口臭、声・呼吸音などを診る「聞診」、患者の話す言葉を診る「問診」、手の脈をとり、腹部の堅さや柔らかさ張りなどを触って診る「切診」である。
しかし「切診」の中に含まれる「脈診」と「腹診」では大きな違いが見られる。まず「脈診」において、中医学の場合、医者の同一の片手で患者の左右の脈を測る。漢方の場合、医者の両手で同時に患者の左右の脈を測る。なぜ中医学を出自とする漢方は、中医学と「脈診」の取り方が違うか?
中医学の「脈診」とは一つの時期に形成される診断法ではなく、長い歴史を経て、脈の強さ(虚、実)、速度(数、遅)、リズム(不整脈)、部位(浮、沈)だけではなくて、脈の形態、粗さ、長さなどを追究し、実に28種類の脈の種類が診断に使われている。
一方、漢方の「脈診」とは、脈の部位(浮、沈)、脈の強さ(虚、実)、速度(数、遅)、脈の大きさ(大、小)だけを追究する。したがって、両手で数種類の脈を測ることが可能である。しかし、28種類の脈を一気に左右両手で測ることはできるだろうか。まず不可能である。こうした取り入れる情報量によって「脈診」の仕方も違いが出てくる。
現在の漢方医でも、中医学の「脈診」を積極に取り入れ、脈形が長くまっすぐで琴の弦をおさえるように触れる「弦脈」、脈形が細い「細脈」、脈拍が小刀で竹を削るように触れる「渋脈」などを取り入れている場合がある。
腹部全体を触診する「腹診」では、漢方の流派により多彩な方法があり、腹部の同じ部位でも流派により示す病気が違う。逆に中医学での腹診は中医学の「腹診」は大学の統一教科書によって実践されている。
以上、漢方と中医学の違いを簡単にまとめてみた。結論としては、漢方は中医学の『傷寒雑病論』から生まれ、日本風土の実情を盛り込んで発展されたものだといえよう。漢方と中医学はそれぞれの特徴を持ち、相互に影響しあいながら人類の健康、防病、治病の役割を担っているのだ。
孫 迎
孫 迎(そんげい)
1985年中国上海中医薬大学卒業。元WHO上海国際針灸養成センター上海中医薬大学講師、上海市針灸経絡研究所主治医師1987年糖尿病について優秀な研究成果で、中国厚生省の三等奨を獲得。来日後、早稲田大学大学院臨床心理学修了。中国医学開発研究院理事長、専任教授。呉迎上海第一治療院副院長。
●得意分野:婦人病、不妊症、痛症、運動系、リウマチ、内科、内分泌科等。